Sunday, June 26, 2011

おいしい話 No. 20「サクセスストーリー」

移民または移民者達について学ぶクラスで、「アメリカでサクセスするって どういうことなのだろう」っていう質問を投げかけられた。さすがクラスのコース名が誘ったのか 机に座る生徒達は多人種で賑わっており、それぞれの国のバックグラウンド、そして生い立ちからなる価値観を持った上での、様々な「サクセスとは」という意見が交わされた。
私にとってのサクセスとは何なのだろう。ちょっと1年間だけ様子見して、もしかしたら日本にすぐ帰るかもしれませーん、といって渡ってきたアメリカ。のわりには、所持品全部売り払って旅費、学費、そして生活費の足しをこしらえたため、1年後に帰ってきても何にもないよという状態にしてしまったのは事実。人口33万人の小さな市で息絶える前に、境界線を越えて世界の広さを感じたい、自分を未知の世界に放り出して見えない可能性を感じたい、なんて独りよがりな考えに火がついて、長年お世話になった小会社の社長に辞表を提示し、退職金はしっかり頂いて、飛行機に飛び乗ったのだ。

まさに空っぽの部屋で唯一の家具であるダンボール箱を机として始めたアメリカ生活。日本に留まっていさえすれば 継続してそれなりの給料ももらって、それなりに贅沢もできてたのに、天と地がひっくり返ったような生活に、「私はいったい何をやってんだ?」と自分不信。自分がものすごい大失態をやらかした人間に思えてしょうがない時が何度もあった。そして同時に、このやっかいもんのせいで、日本に帰ってもまた壱からの出直しを強いられる事になるという状況も ものすごく怖かった、、、。

そんなディプレッションの中、似たり寄ったりの状況下の日本人達と苦労話を競い合いながら、心ではマジ泣きしている事情を笑いに変えて盛り上がりながら、戦闘士のように前進してきた。そんなイタい仲間の寄り合いからぽろりぽろりと抜け出して、裕福なお家にお嫁に行った人もいるし、ものすごく立派な会社に就職した人もいる。「羨ましぃーっ!」とハンカチに噛み付いていたもんだが、このコースのクラスメートの意見が最後に一致したように、個人によって「サクセス」の定義は違うんだ、という事を自分で認識してきたような気がする。

さて、私もこの十年、アメリカでまだのたれ死んでいない。まず これはすごいサクセスである。ESLを卒業する、カレッジを卒業する、BAを取る、と顔面に目標のアンパンをぶら下げて追いかけ続け、ひとつひとつそれに食らい付いて、食べ尽くしてきたのも立派なサクセスである。おっと、もちろん、ちょっと生意気だが かわいいハビーを捕まえたのも とってもサクセスフルだと言えよう。

先日、日本に一月ほど里帰りをし、戻ってきた友人から土産話を聞くべく、パールディストリクトにあるバー、Fratelliに腰を下ろした。この友人も 例外に漏れず、アメリカでのものすごい苦労話を語れる人物だが、そこに自己陶酔することなく 立ち塞がる壁をぶち壊して前進し続け、自分の力でキャリアを手に入れ、パールディストリクトに住もうかなあ、なんて言葉が出るほどのステイタスを築きあげきた。アメリカでサクセスを手に入れたまれにみる日本女性である。
私にしてみれば、わーい、めでたし、めでたしっ!というところだが、彼女はそこに甘んじない。次のキャリアアップをしっかり志している。そのチャンスが日本にあるなら、すぐ戻る心構えはある、と言う。彼女の中にはアメリカでなくてはならない理由はない。アメリカとか日本とか関係なく、自分が納得する人生とサクセスストーリーを作り上げていく事が 彼女の生き方なのだ。

アジアのどこかの国の移民一家をバックグラウンドに持っているように思わせるバーテンダーが 特別に作ってくれたエスプレッソマーティーニが、甘く、苦く、心に沁みていく。ほの暗い照明のもと、コーヒーの香ばしい香りが漂い、無謀に酔っ払わせることなく、しっとりと、真剣な話を促してくれる。
この完璧なカクテルが作れる彼は、サクセスフルなバーテンダーだと言えよう。
でも きっと、この彼も含め、私たちのサクセスストーリーは個人個人のシナリオと価値観のもと、死ぬまで New Editionとして出版し続けられるんだろうな。今では一軒家で物(ガラクタ)が溢れるような生活をしているが、自分に厳しい私は、もちろんそこで留まらない。新しいアンパンをぶら下げて 次のゴールに向かって走り出すぞ!

Kiki

Fratelli
1230 NW Hoyt
Portland, OR 97209
503-241-8800



Posted on 夕焼け新聞 2008年11月号

Saturday, June 11, 2011

おいしい話 No. 19「パン屋さん」

異国にいて 恋しいと思う母国の食はたくさんあるけれど、日本のスーパーマーケットで 買えない物が 少なくなってきているのは確か。レストランで直接味わえなくても、食材を購入して 自分で作ることが可能なのだ。それでも やっぱり、どんなに世の中便利になってきたもんだ、と言っても、入手できなくて、自分でも作ることができない、と悲しくなってしまう食品もまだまだある。その中のひとつが パン。
日本のデパートの地下食品売り場や、商店街の一角にあるような あのパン屋がここアメリカ、少なくとも ポートランドにはない。
私が言う「あのパン屋」とは 自分がトレイとトングを手に取り、並べられたありとあらゆる種類のパンを選び、レジにトレイを持っていって 精算、袋に入れてもらうというスタイルのパン屋だ。
パンは必ず そこで焼かれていなければならず、定番ものから創作パンまで その種類もそれなりにないとだめ。どれもこれも美味しそうに見えて、気が付いたら、自分が食べる予定以上の量がトレイにのっかっている、という状態になるような。
中国系などのパン屋で、そういうスタイルがあるのを見かける時がたまーにあるけど、ビニール袋にすでに入っていおり、あの焼きたての香ばしい匂いや、狐色に照るパンの存在自体の 強いアピールを直接的に感じられない。「わーあ!おいしそうなパンがいっぱいある!」という、掻き立てられるような感情が半減してしまい、ビニールに入ったパンをくるくるひっくり返しながら 冷静に選ぶ、ということになってしまうのだ。あの 裸のパンの、トングで触るともう最後、トレイに運ぶしかない、という緊張感のために、迷いきる、ということがないのだ。
菓子パン以外にも 厚切り食パンは 切なくなるほど恋しい。どんなに日本の食パンだという商品をこちらで見つけても 何かが違う。ふんわりモチモチとした食感は、どうしても味わえない。バターとかジャムとか塗らなくても、そのままで十分美味しいという食パンは、朝食の食欲があまりわかない私には とっても嬉しいアイテムなのだ。
しかし、なぜアメリカの食パン達はみんな薄切りなんだろう。サンドイッチ王国だからなのかなあ。

とにかく、日本のパン屋さんが 街の角々にできて欲しい、というのが私の願い。散歩がてら徒歩で行けるところにできてくれるとなお宜しい。と、言ってるところに、近所にパン屋さんができたという情報が入った。
日本のパン屋だという期待は最初からしていなかったけど、根っからのパン好きの私は、パン屋が近くにできたことはとっても喜ばしかった。
もちろん「Petite Provence」なんてしゃれた名前のboulangerie(パン屋!)に 私の描く卵パンとか、お好みパンとか、焼きそばパンなどはなく、フランス風のいわゆるペストリーというスタイルのパンが並べられていた。敷地の半分はカフェスタイルで、沢山のテーブルや椅子で占めており、大きく開け放たれたドアや窓が気持ち良い風を運び込み、焼きたてパンの匂いを店内いっぱいに広げていた。
ウインナーソーセージとかマヨネーズコーンとかの変わりに、様々なフルーツが乗ったペストリーがテカテカとした光を放ちながらディスプレイのトレイに横たわっている。ここのパンたちのアピール度も半端ではない、と確認。あの欲望に掻き立てられる感覚がものすごい勢いでわきあがってきた。思わずトングを掴み、手を伸ばしたくなるところだったが、パンと私の間に立ち塞がるガラスの仕切りがそれを防御。ま、トングとトレイが入り口に置かれていないこと自体、自分で取るなんてことは不可能なのだけど、ビニール袋と同じく、このガラスの仕切りが、なんでも掴みたくなる欲望を冷たく抑えるのだ。そして、次に襲ってくるのが 小さな恐怖心。パンのカウンターの向こう側に立つおねえさんが、「どれにしましょうか?」と私のオーダーを待っている。額に冷や汗を感じながら それぞれのペストリーにつっ刺さった札を睨む。手書きの筆記体で書かれた文字はものすごく読みにくく、フランス語の名前なんぞ付いていた時には なんて発音していいのやら まったく解らず、心臓の脈打ちが暴走しそうになる。
結局、「これとあれと、、」と人差し指を突き出しながら、オーダーするはめになる。ほんとうはいろいろ一杯買いたいのに「これ」とか「あれ」をずっと言い続けるのも恥ずかしく、それでいいです、と2、3個で終わる。
ああ 本当に、日本の あのパン屋さんが恋しいです。


Kiki


Petite Provence
Boulangerie & Patisserie
1824 NE Alberta St.
Portland, OR 97211


Posted on 夕焼け新聞 2008年10月号

Sunday, June 5, 2011

おいしい話 No. 18「夏の匂い」

最近ハビーの両親が、地元の農家と契約して ある金額を前払いし、毎週 その週に出荷されたばかりの旬の野菜を用意してもらう、ということを始めたらしく、毎週新鮮な野菜が食べれると喜んでいる。
この両親、特別太っているわけでもないけど 自身で気にしているらしく、二人そろって ダイエットプログラムに加入したりしていた。今では大量の野菜が毎週用意されるので、それらを無駄にしないためにも せっせと否が追うにも野菜を食べなきゃいけない状況になっている。
毎週どんな野菜が詰められているかわからないので、福袋のような楽しみがあるが、毎日料理のバラエティーを考えるのに頭を使うことになる。いつもお決まりの野菜炒めでは そのうち「もう野菜なんか見たくない」、という状況になりかねない。
先日私たちが訪ねた日も ちょうどこの契約農家から 取れたての とうもろこし、キャベツ、桃などをもらってきたばかりだった。パパがチキンのバーベキューを作り(アメリカ人の旦那はなぜかいつもBBQ係り)、ママがキャベツのサラダを作った。私だったらキューピーマヨネーズで和えて終わりそうなところを、賢いママは 料理の本を見て新しいドレッシングに挑戦。そして もう一つのサイドディッシュとして 茹でたとうもろこしが添えられた。

アメリカではしっかり野菜としての認識があるとうもろこしであるが、私の中のとうもろこしは夏の「おやつ」であって 夕食の一品としては考えたことなかった。始めてアメリカ人一家の夕食に招かれた時、お皿にゴロンと横たわる茹でたとうもろこしにナイフで取ったバターを塗りまくり、塩コショウを掛けてかぶりつく家族の人達を見て密かにカルチャーショックを受けたもんだ。
異国で長いこと生き抜くには、その国のいろんな習慣に身を投じるしかなく、倣ってやっていくうちに 自然にそれが馴染んでくるもんで、私もバターをしっかりセメントのように塗り付けて食べられるようになった。

その夕食の席で、とうもろこしにかぶりついた時、そのはじける甘い汁に 私の意識が遠い遠い昔へと回想されていった。
私の子供の頃は こんな改良に改良を重ねられたような甘いとうもろこしはなかった。近所のとうもろこし畑から刈り取られ、道端の無人八百屋で売られていたとうもろこしは 実が異様に詰まっており、砂糖のような甘さのまったくない代物だった。なぜ夏祭りで売られている焼きとうもろこしと甘さが違うのだろう、と小学生の私は不思議でならなかった。
学校から帰ると 母親が大量に茹でたとうもろこしが ちゃぶ台におかれている。その甘みのない田舎のとうもろこしがそれほど好物ではなかったが、それしかおやつとして置かれてない時は 仕方なく食べるしかなかった。ハエよけにかぶせられた手拭いをとると、まっ黄色にぷりぷり身をはったとうもろこしから どくとくの夏の匂いがただよった。それを一つ掴んで 縁側に座り、涼みながら食べたもんだ。
うちの母親のお陰できゅうりやトマトも野菜というよりも軽いスナックである、という認識が小さい脳みそに植えつけられた。さっと洗ったきゅうりやトマトも塩を付けて丸ごとかぶりついた。クッキーやショートケーキなどの変わりに 桃やイチゴ、イチジク、琵琶などが笊に盛られて台所に置かれていた。
お腹が痛くなるまで食べたスイカも含め、それらの一つ一つから むせ返るほと放たれていた匂いが、私の子供の頃の 夏の思い出のシーンを作り上げているような気がする。

そんな回想のせいで、猛暑が続いた今年のポートランドだけど、もっと夏を感じたくなって、自分でもとうもろこしを茹でてみた。足をぶらぶらさせて座る縁側はないけれど、ポーチにある椅子に腰をおろし、目を閉じてそっと匂いをかいでみた。
昔は オーガニックなんてファンシーな言葉はなかったが、普通にオーガニックの野菜が笊盛りで安く売られていたんだよね。今 オーガニック野菜がスーパーマーケットに再来しているけれども、値段がファンシー過ぎていけていない。トマトが1個2ドルするのはどうなんだろう。あの胴周りの太いきゅうりをそのままかぶりつきたいとは思わないしなあ。それより何より、あの独特な野菜の匂いが消えてしまったと思うのは 気のせいだろうか。それとも、自分が昔のように野菜と密着した生活をしなくなっているってことなのか。
パパとママが契約した農家から送られてくる福袋の中には、きっと夏の匂いが沢山詰まっていることだろう。



Kiki


Posted on 夕焼け新聞 2008年9月号

Sunday, May 29, 2011

おいしい話 No. 17「近所のバー・レストラン事情」

うちの近所に3年間放置されていた空き家があった。レストランのようなものを建てようとして 途中で計画が中止され、そのまま忘れ去られているような面持ちだった。引越ししてきた当時、大家から 最近その土地を誰がが買収した、という噂を聞いた。今でこそ 沢山のレストランやバーが立ち並び、賑やかなディストリクトになってきたが、たったの3年前は 暗く活気のない通りだったため、ハビーと私は、「お、これは歩いて1分もかからないところに いい店ができるかもしれない!」と喜こび、勝手な想像を膨らませていった。
やっぱり 酔っ払ってもふらふらと徒歩で家まで帰ってこれるからバーがいい。素敵なバーテンダーがいて、ゆっくり心地よく飲める場所だと、私たちの「行き着け」のバーになるに間違いない。近所にアナキスト系が集まるIrish barがあるが、そこは おしゃれでハイソな私のシーンではない。あ、居酒屋風日本食屋でもいい。ご飯は作りたくないけど ちょこっと日本食を摘みたい、もちろん飲みながら、なんていうのに、この場所はうってつけ! なんて 言っているうちに、その噂も いつしか火元が消え、3年が過ぎてしまった。
その間、ハビーと私は、「私のシーンではない」と言いながらも、やはり近所にバーがあることは 飲兵衛の二人には好都合なわけで、このIrish barで、破れたような黒い服に ごつい編み上げブーツ、大きな穴ピアスをした人達に混じって 普通に飲むようになった。

1年半前にうちの家の裏にあった中古車屋が立退いて、なにやらレストランのようなものが建設され始めた。今度こそ「私たちの店」が出来るかも!と興奮しながら、竹材を使ったり、大きな窓ガラスを入れたり、パティオを作ったり、といった建設過程を一緒に見守っていった。きっと今のブームに合わせたオーガニック系またはベジタリアンの食事を出すレストランかもね、なんて話していたが、蓋をあけてみると、ポートランドならではのヒップスター系チャリンコライダー達が昼間からビールを飲むために集まり始めるようなバーだった。これもまた 全く「私のシーン」ではなかった。音楽はうるさいし、バーメニューは少ないし、人が多すぎる。が、しかし、うちの12時に閉まるIrish barとは違って2時半まで酒が飲める。そんなわけで、夜中にふと ちょこっと一杯いきたいねえ、なんて時は、ハビーと私は、この新しいバーで ユーズドショップのヴィンテージ服にタトゥーをいたるところに見せる若者たちに混じって、安いウイスキーをすすっている。

そして 数ヶ月前、ついに例の放置されていた建物に人が出入りし始め、大掛かりな再建築が開始された。この新しいビジネスについての熱い予見討論が繰り返される。まず 第一に、もう近所にバーはいらない。もうちょっと違うタイプの客が来るような店がいい。ちょっとハイクラスなレストラン。静かで落ち着いた雰囲気のフレンチとか。この辺には まったく日本食がないから、(やっぱりまた)居酒屋とか、寿司屋なんてのもいい。かわいいベーカリー・カフェも嬉しいかも。私たちの 新しい店に対する期待は膨らむばかり。
工事は急ピッチで行われ、見る見る建物の造形が出来上がっていく。どうやら2階があるらしい。いや まてよ あの二階は吹き抜けになっているから、もしかしたら オープンデックになっているのかも。ガレージ風のドアも今時のデザインだよねえ。あれ、ここにもまた チャリンコ置き場が作られている、、、。こうやって観察に飽きない日々だったが、完成真近になって「Radio Room」というバー・レストランができることがわかった。
そして あっという間に オープンの日が来た。ウイスキーサワーだけで 偵察に入ったハビーと私は、店内、メニュー、客層をチェック。どれもが新品で、洗練されてはいるが、無理やりオープンしたという観がないではなかった。新しいサーバー達も慣れていかなきゃいけないし、メニューも当座のために作ったもので、もしかしたらそのうち本格的に変わるのかもしれない、そして 2階のデックも緑が足されて殺風景さが無くなっていくのかもしれない、なんていうことで 判定は1ヶ月後まで待つことにした。
「Radio Room」を出た時、通りを挟んだ向かいに、1年以上放置されて、新しいビジネスが始まるのを待っている空き地があるのが目に留まった。いったいこの土地にはどんな建物が建つのだろう。本当に またバーでないことを願う。できれば 居酒屋のような日本食屋が、、、。
「私たちの店」への思いは果てしなく続いていく。


Kiki



Radio Room
Alberta Arts District,
Alberta Street
Portland, OR 97211



Posted on 夕焼け新聞 2008年8月号

Sunday, May 22, 2011

おいしい話 No. 16「カクテルアワー」

いつからこんなにお酒好きになってしまったのかしらん。昔 父親の晩酌のビールを味見した時、こんなにまずいものをよく毎晩飲めるもんだ、どこが美味しいのかわからない、と思っていたのに、今では仕事の後や風呂上りは「まずはビール」と言って、ゴクゴクゴク、プハーッ、とやっている自分がいる。
すっかり父親(オヤジ)を模範する私になってしまったけれども、初めて社交の場で「カクテル」なんちゅうしゃれたものを口にした時は、アルコールと緊張でうぶな頬をぽーっとピンク色に染めたものだ。
青春時代に差し掛かった16歳、当時「フィズ」という得体のしれないカクテルが流行っていた。カキ氷に掛ける密のように甘くドギツイ色の濃縮液体で ストロベリーやピーチ、メロンやブルーハワイなどといろいろ味があり、ソーダ水で割るという飲み物だった。旅行中で両親不在の友達の家に集まった時、誰かがどこかで調達したフィズをみんなで作って飲んだ夜、大人の領域に一歩足を踏み入れたような気がして興奮した。
「お友達の家にお泊り」術を覚えた私が 友人と抜け出して出かけたディスコでは、マドンナのマテリアルガールを背に、気取って「メロンフィズ!」とウエイターに注文するのがお決まりになっていた。
18歳くらいになり、居酒屋なんぞに出かけるようになると フィズなんていうフェイクな子供の飲み物からは卒業、ということで ちょうど流行りはじめたチューハイに移行。カルピスハイに、レモンハイ、オレンジハイにコークハイとまたこれがバラエティー多くあるから楽しい。あんまりお酒の味もしないジュースみたな飲みやすさがすっかり気に入った。ビールのジョッキにでーんと入って出てくるのに安いのがまたいい。
二十歳を過ぎて、世間でいう「社会人」と呼ばれるようになった頃は、だんだん社会や人生の厳しさなんていうものに気付くようになってきて、接待で味わうあのビールの苦さも、ウイスキーのキツさも、これぞ人生の味だア、と言い聞かせながら ぐっと我慢して飲めるようになっていった。甘いものばかり選んで飲んでいられない、と悟ったわけです。

そうして 軽く風が吹くように 年も過ぎていき、「酸いも甘いも噛み分けて」といえる年齢になってきた今日この頃は、ビールやウイスキーが純粋に美味いと思うようになってきた。オヤジ化してきたと言われればそれまでだが、パールディストリクトあたりの おしゃれなバーでグラスを傾けている私を見ればそんな指摘は出ないだろう。
とにかく 一揆飲みの時代も終わり、上司やクライアントの圧力からも解放され、人気の女友達に対する憧れや、それによって発生するコピー意識も消滅した今では、自分の飲みたいものを、自分のペースで、楽しく飲めるようになってきた。お酒のチョイスも洋服のようにその日のムードで変わってくる。忙しく働いたその日の最後は もちろん冷たいビールに手が伸びるが、今夜はちょっと酔ってしまいたい、なんて時にはウイスキーの水割り、特別なディナーの前には ヴォッカのマーティーニなんかを頂きたい、てな具合。
そしてまた カクテル自体が、その日の私のムードを変えるときもある。Cheesecake Factoryの “Strawberry Martini”は 淡い恋をしているような とってもロマンティックな気分にしてくれるし、Andina Restaurantの “SACSAYHUAMÁN”はヴォッカに漬け込まれたハラピーニョの辛口が利いて情熱的な気分になるし、真夜中にVeritable Quandaryで飲む “Espresso Martini”は古いフランス映画のシーンの中にいるような気分にさせてくれる。
飲兵衛みたいに聞こえるかもしれないが、お酒って演出の小道具として、人生のいいエッセンスになっているような気がする。女友達と出かけても、同僚と出かけても、そして人生の伴侶であるハビーと出かけても、そこにお酒があるからこそ、話しに延々と花が咲いたり、真剣な話を腹を割ってできたり、ロマンティックな言葉が囁けたりする事もある。カクテルアワーは私にとって 非常に大事な時間なのである。
こんな風に 上手にお酒を楽しめるようになった大人の私は、次の日に昨日のことは覚えていない、とか、覚えているけど忘れてしまいたい、などと思うような事はなくなった。腕を腰においてしかめっ面をするハビーもしばらく見ていないもんだ。
「飲んでも飲まれるな」とはよく言ったもんで、飲まれるとおしゃれなカクテルもたちまち毒に変わり、いろんな意味で 喜ばしくない状況に雪崩れ込んでしまうので、要注意。いつまでも 美味しいお酒が美味しいままで、いいお友達がいいお友達のままでいられるような、そんな飲み方をしていきたいね。


Kiki


Cheesecake Factory
700 Pike St
Seattle, WA 98101
206-652-5400

Andina Restaurant
1324 NW Glisan
Portland, OR 97209
503-228-9535

Veritable Quandary
1220 SW First Ave
Portland, OR 97201
503-227-7342


Posted on 夕焼け新聞 2008年7月号

Sunday, May 15, 2011

おいしい話 No. 15「戻りたい店」

レストランで注文した料理の味が 想像と違っていた、とか 料理の仕方が期待いていた通りではなかった、とか 誰にでも経験があると思うけれど、その期待はずれが いい形で体験できれば、新しい経験ができたと、ポジティヴに終わることができる。たとえば 想像とは違っていたが、味は結構よくて、結局ぜんぶ平らげてしまった、とかね。しかし、想像とは違っているだけでなく、味もいただけない、ときたら もう気分の取り繕いようがない。が、小心者は ぐっと我慢して 葛藤しながらも とりあえずは食べる。たとえ小心者が気分を害したとしても、その表現は 無言のまま 皿にあからさまに残した料理に託すしかない。
そんな典型的な小心者の私とは違って ハビーはサーバーに客として「気持ちを伝える」ことをしないと気がすまない。いわゆる「それも彼らのビジネスのため」という信念から。けっして あわよくば タダにしてもらおうとか、おまけしてもらおうとか、そういうイヤラシ~イ下心からではない。

先日ダウンタウンにあるClyde Commonというレストランに出かけた私とハビーだったが、今風NW・Liberal料理のメニューのDescriptionに 二人の目はパチクリ。まったく想像ができない。闇鍋状態で 適当に前菜から注文したのだが、その中のひとつに 牛タンを使った一品があった。限られた想像能力では この料理のイメージをすることができなかった私の頭に浮かんできた絵は 焼肉屋で見る 薄くスライスした牛タンの塩焼きレモン添え。まさかこのレストランで牛タンの塩焼きが出てくるとは思ってはいなかったが、「牛タン=薄いスライス」の絵ははずすことができなかった。
アンチョビのフライ、ハリバットのサラダ、ホタテのマリネなど、次々にテーブルに置かれる皿を見ながら、わー こんな料理なんだあ、とその驚きと美味を楽しんでいたのだが、肉の塊をただボイルしただけのような一品が登場した時には、二人の呼吸が止まった。なんだこれは?しかもただボイルしただけのような大きな吸盤付き蛸の足姿添え。神経を払って創造豊かに作られたかのように見えた他の料理とうってかわったこの大胆シンプル料理。これが私の注文した牛タン料理だった。
日本じゃないんだから、いつでもスライスで出てくると思った私が間違っていたんだ、と自分に言い聞かせ、その塊にナイフを入れた。一口味見をしたハビーと私のさっきまで高まっていたテンションが急降下していった。味がない。口に残るのは独特の臭みだけ。薄いスライスにする理由が見えた気がした。いや まてよ、3日煮込んだ牛タンブロックのシチュウをよそのお宅で頂いた時は、ずーずーしく何度もおかわりするのを止めれなかったではないか。う~ん。ハビーと私の沈黙が続いていく。

嫌がらせではなく、ほんとうに我慢しても食べることができない、と皿を淵に寄せる私にハビーが「We should tell her」と提案してきた。えっ!と怯む私に「It’s ok」と余裕の笑顔の彼。これは「文句」ではなく、あくまでも僕たちの「感想」ということで、シェフの参考にしてもらえばいいんだ、との論理。せっかく こんなにいいレストランなのに、たった一品の料理のために イメージダウンになっていくのはもったいない、と正当化していく。ま、そういう風に相手側も受け取ってくれるといいんですけど、、、。
申し訳ありませんねえ、と半笑み顔を作る私の向かいでハビーがサーバーに「気持ちを伝え」てみた。すると どうだ。そのナイスなサーバーが、「To make up」ということで、デザートを運んできてくれた。ハビーと私のテンションは再び上昇! 彼女の心使いと、ホームメイドのグレープフルーツのシャーベットに、トークのエンジンも復活。こんなにすべてが美味しいのに、なんであれだけあそこで ミスったかなあ、と忙しくデザートにスプーンを運びながらコメントが入る。 が、しだいに それもシャーベットの甘さと共に溶けていった。はい、私たちの気持ちはすっかりMake upされました。

先にも述べたように、決して 決して おまけや割引を期待していたわけではない私だちが、デザートのサービスとワイン1杯分の割引を伝票で確認した時には、おおっ、と感銘の声をあげた。いやー 客の声を聞き、そして客の気持ちを大切にしようとするこの店はこれからも伸びていくね、なんて偉そうなことを言いながら店を出たが、本当の話、そういうところが、料理の良し悪しとは別に、戻っていきたい店になるポイントになるんじゃないかな。少なくとも うちのハビーと私には、そのように働くようです、、、。



Kiki



Clyde Common
1014 SW Stark St.
Portland, OR 97205
503.228.3333



Posted on 夕焼け新聞 2008年6月号

Monday, May 2, 2011

おいしい話 NO.14「幻のレストラン」


Alberta Street Oyster Bar & Grillは私にとって正体不明のレストランだった。同じAlberta streetに住んでいながら、この親しみある通りを 頻繁に車で走り抜けていながら、このレストランの看板を目にしたことがなかった。友達や食通たちがこのレストランの名前を持ち出せば、「あら、やっぱりあるのね」と確認していたが、やはりどこか私にとっては幻の存在だった。
去年の夏、Alberta street恒例の「Last Thursday Art Walk」に繰り出した時、込み合った群集の中に混じり 一緒にぞろぞろと歩いていると、なにやら涼しげに そして上品に 白いテーブルクロスをかけたテーブルに座って食事をしている人々が見える窓に差し掛かった。ポートランドに多く生息するピッピー系、ベジタリアン系といった風貌の若者達が蒸し暑い夕暮れ時に群れをなして歩いているのとは打って変わって、この窓ガラスを隔てた向こう側は、キャンドルライトと共に別の世界が描かれていた。
こんなロマンティックでハイソなレストランがこの通りにあったのか!と急いで看板を見上げた時、あの幻の名前をとうとう自分で目撃することになった。「Alberta Street Oyster Bar & Grillここにあったのね!」
と言ってみたものの、あのArt Walkの活気と、群集と、そして何軒かのギャラリーで 賞味させてもらったタダワインのせいで、そのロケーションの記憶が ぼやけていき、そのうち消え去ってしまった。
それから後も、何度もAlberta streetを通行しているが、このレストランを目にすることはなかった。そして、いつのまにか、自分が見かけないという理由だけで、あのレストランは閉業となってしまったと勝手に結論をだしていた。

すると2月の半ば過ぎ、ある知り合い関係からレストランのニューズレターがEメールで送られてきた。それは なんとAlberta Street Oyster Bar & Grillが新しいオーナーを迎えて新たに営業をスタートした、という情報だった。「あら、本当に閉店してたのかしら」と思いながらそのレターに目を通した。腕利きの若いシェフの紹介から、新作メニューのハイライト、そして 当レストランについてなどが書かれていたが、一番私の興味を引いたのが、“No Corkage”というサービスだった。毎週木曜日はお客がワインの持ち込みをしてもそれに対してチャージが付かない、ということ。通りを挟んで向かいにあるCorkというワイン専門店がある。そこに当レストランのメニューを備えてあるから、それを見ながら、ワインエキスパートに相談して ワインを選び、そのまま購入したボトルを持って食事にいらしゃい、というのが彼らの提案だ。レストランでワインをボトルで注文することを考えると、これはものすごく経済的で、プレッシャーのないサービスだ、と関心した。
さっそく、ハビーのママにこのニューズレターを転送した。ハビーのママは、グルメで新しいレストランに行くことが大好き。そして、寛大なことに、私たち貧乏夫婦も いつもお供として連れて行ってくれるのだ。そんな下心があったわけではない、と強くは否定できないが、一応情報としてね、と送ってみた。すると、さすが食好きのママ、すばやく興味を示し、是非行ってみましょう、ということになった。イエス!

当日、このレストランがつい最近まで何回か行ったことのあるLoloBernie’s Southern Bistroに挟まれていることに気が付いた。なぜに今まで気が付かなかった?向かいのワイン専門店だって何回か来たことあるのに、なぜ Alberta Street Oyster Bar & Grillだけが幻のまま所在不明だったのだろう?自分の注意の薄さに驚いてしまった。
さっそく シェフおまかせ5コースを頂くということで Corkにワインを選びに行った。どんな料理でも基本的に合うというRoseburg産、Tempranillo(赤)を薦めてもらい、レストランに持ち込んだ。サーバーの女性が、当店で注文したワインと変わらぬ扱いで、丁寧にコルクを抜いてくれ、グラスに注いでくれた。
フレンチとNW料理のフュージョンといった料理は5品ともシェフの創作能力の広さを伺わせた。十数年ぶりに食べたフォアグラはやっぱりうまかった。ハリバットのチークも貴重だったし、昔口に合わなかったエスカルゴも、今回はママの分まで手を出すほど美味しかった。そして なんと言っても、このレストランを幻と終わらせないどころか、いつまでも忘れることができないものにさせたのが最後のコースで登場した「Sweetbreads」。デザートではない。とっても柔らかいチキンの揚げ物のようなものだったが、初めての味と食感。不思議な感じはしたものの、美味しかったのでもちろん綺麗に平らげた私。そこに 待ってましたとばかりにママが一言、「さっきの 子牛の脳みそよ。」
いくら日本人はいろんな、アメリカ人にとっても「ゲテモノ」を好んで食べるとはいえ、さすがに「子牛の脳みそ」は来た。これもフレンチならでは?密かにショックを受けた私は暫く立ち直れなかった。
後に、Googleで、「Sweetbreads」は子牛の脾臓であることを知った私は、ちょっと救われた気がした。どこがどう違うのかと追求されると困るが、罪悪感が減ったのは確か。してやられたが、ママは本当に脳みそだと信じているのだろうか、、。とにかく、Alberta Street Oyster Bar & Grillはしっかりその存在感を私の中で打ち付けたのは間違いない。


Kiki



Alberta Street
Oyster Bar & Grill
2926 NE Alberta St.
Portland, OR 97211

Phone: (503) 284.9600
Fax: (503) 283.3200




 
Posted on 夕焼け新聞 2008年5月号