「ポットラック」っていう言葉を知ったのは、本当にESL時代。Termの終わりにあの厳しかったGrammarの先生Annが、まだ英語がよくわかっていない生徒達をお家に招いてくれた時。ものすごい怖いオーラを出していたAnnなのだが、私は何やら興味を示しており、アメリカ人の先生のお宅拝見という、知らないもの見たさで、他の生徒と共にわくわくした。
そこで 「ポットラック」という新しいボキャブラリーのレッスンが始まった。由来の説明まで受けたかどうかは 忘れたが、とにかく会合に食べ物や飲み物を参加者がそれぞれ持ち寄る、ということ。その言葉の意味は 特別新しい事や珍しい事ではないはずなのに、さすが合理的で、公平さを主張するアメリカ人らしい趣向だと 関心したもんだ。世界各国からやってきたインターナショナルの生徒達が それぞれどんな文化料理を持ってくるか、ていうのが 実のところ狙いだったのかもしれない。本当にインターナショナルの生徒達が律儀に母国料理を作ってきたりしたら、ESLの先生って とってもおいしい職業といえるだろう。
と 言いながら、何を持って行ったらいいのか全くわからないまま当日が来てしまった。食べ物を持ち寄るっていうアイデアはわかるけど、お金と手間を掛けたくない、と思うと どうしても 気の利いた物が浮かんでこない。なんせ初体験なもんで 気も小さくなる。一緒に行く約束をしていたクラスメートの女の子と途中QFCを覗くことにした。スーパーマーケットの中をうろうろしてみれば、何かピンとくるものを見つけることができるかもしれない、ということで。
とりあえず 店内を一周してみたけど、これだ!という物が目に飛び込んでこなかった。美味しそうなものはあるけど、予算にあわなかったり、予算に合わせようとすると見掛けが貧相だったり。会合に集まるメンバーにご馳走を振舞う気もないが、明らかなケチ度が前面に押し出されないように気をつけなければならない、というわけだ。
悩みながら 空っぽの籠を手にスタート地点に舞い戻った時、アメリカサイズのスイカが山のように積み上げられて、赤札をつけてディスプレーされているのが目に付いた。1パウンド 39セント。友達と目を合わせる。表面を触りながらその大きさを実感する。軽く10人は食べさせられる。これか?
6月の半ば、スイカもいい時期だし、果たして何人の人達がアメリカにいて自らスイカなんぞ購入するだろうか。日本人は特に、キャンプやスイカ割りなど夏には欠かせないアイテムとして、子供のころから親しんできているわけだから、今 外国の地にいる彼らはこれを見てどんなに懐かしく思うことか、と他の日本から来たクラスメートを思った。よし、ウケも悪くない。
パンパンとその緑色に照る表面をたたいてみる。いい音だ。当てずっぽうで選らんだスイカを胸に抱えてレジに行く。スイカ用のネット袋なんかないので、底が抜けないよう プラスティックの袋を3重くらいにしてスイカを入れてくれた。その袋を持つ指にプラスティックがぐいぐいと食い込むのを感じながら 店外に出ると、太陽の痛い照りつけが直撃する。
友達に片方の取っ手を持ってもらい、二人でスイカを挟んで坂道を登り、バス停でバスを待ち、地図の説明書を片手に歩き回って、やっと Annの家を見つけるまでは、スイカなんて 自分の交通手段を無視した最悪の選択だったと後悔した。でも、私たちとその間にぶら下がるスイカを招き入れてくれるAnnと先に来ていた生徒達の丸々と見開いた目と共に、興奮の歓声を浴びた時は、「へへへ・・・」という照れ笑いを隠すことはできなかった。
正直、味に関しては あんまり考慮してなかったが、包丁を入れた時、スイカがはちきれんばかりにパリパリっと音を立てて、裂き目が走っていった。これは良い兆候だ。真っ赤に熟れたそのスイカはびっくりするほど甘かった。他の人が用意した品と被ることもなく、ケーキやクッキーなどと違う甘さのスイカは新鮮な喉越しを与えてくれて大人気。
ポットラック。自分の持参品がいつまでもテーブルに残り乾いていくこともなく、皆の手が延びて あれよあれよという間に売れて行くのを見るのが、一番の幸福、ということでしょうか。
Kiki
Posted on 夕焼け新聞 2009年2月号
Sunday, July 24, 2011
Sunday, July 17, 2011
おいしい話 No. 22「Love Your Neighborhood」
2008年のクリスマスは 大雪のため どこにも出かけられなかった。クリスマス イブの朝、窓のブラインドを開けると、まだ がっつり積もった雪がすべての景色を真っ白にしたまんまで、「わーい これがホントのホワイトクリスマスだー」とワクワクしたけれど、同時に 「あれ、食料の買出し どうしよう」という不安も沸きあがってきた。
うちに2台ある車は山盛りの雪を被って ここ一週間使用されていない。チェーンはトランクに乗っかったまま。「どこにも出かけられなかった」というよりも、面倒くさがり屋のハビーと私は、チェーンを着けるという「大作業」をしてまで この大雪の中 どこかにドライブしようとは思わなかった、というのが真相。
が、しかし クリスマスだというのに、インスタントラーメンでしのぐのは味気ないではないか。なんとかして食料の買出しには行きたい。最初、某大型マーケットへ行くことを考えた。私のアイデアにノリの悪いハビーが、しぶしぶそこに行くまでのバスのルートを調べた。2本のバスが近くを走るようだが、今日は運行停止になっているという。ものすごい遠回りをするバスやMaxを乗り継いで 何ブロックか歩くルートならあるようだが、想像するだけでクタクタになった。 どうやら うちのNeighborhoodから出られそうになさそうだ。
そこで思いついたのが、歩いて20ブロックほど先にあるローカルのマーケットに行く、ということ。あんまり行くことのないそのマーケットの存在をすっかり忘れていた。うちとそのマーケットを繋ぐAlberta Streetにはバスが1本通っているから うまく行けばそれに飛び乗れる、という設定で、完全防備、リサイクルの買い物バッグを手に出発した。
見慣れたローカルの通りも、こうやって雪を被るとまた景色が違って見え、行き交う人々も この異常気象を楽しんでいるようだった。いつも行列が出来ているカフェやレストランも今日は、真の地元陣だけでゆったりと時間を過ごしているのが窓の外から窺えた。どこにも行けないAlbertaに住む地元人のために この通りの両側に立つビジネスがちゃんとオープンしているだ、と感慨。いやー、助け合いのコミュニティーとは いいもんだ。
そんなわけで 食料の買い物という大事なミッションがあるにもかかわらず、行く先々に誘惑の「オープン」サインが、私達を寄り道へと導く。まずは、炒ったコーヒーの香りと焼きたてのペイストリーの香りに誘われて、フレンチベーカリーに立ち寄った。クリスマスの朝に食べるペーストリーとデザートのパイを買い、試食用に出されたケーキのスライスを摘む。次は お茶好きな義理パパのために何か特別なお茶はないかと、ティーショップに入る。カウンターに立つお兄さんとお茶ッ葉についての語りに熱が入る。こんな雪の寒い日は やはり、暖かい部屋で映画鑑賞でしょう、ということで ビデオ屋に足を進める。3本借りると4本目はタダと言われて、店の隅で円陣を組み、真剣にDVDの選択が行われる。
朝食抜きで ここまで歩いてくるとさすがに腹も減ってきた。マーケットまで無事辿り着くには、腹ごしらえが必要、ということで、ハビーと私の行きつけのバーBinksに立ち寄る。ここのピザを考えると、もう食べないで通り過ぎるということは私達には不可能なのだ。このバーも普段は押し合い、揉み合いの混雑ぶりなのに、今日は近所の徒歩組みだけでリラックスした時間が流れていた。顔見知りのバーテンダー、Marthaが笑顔で迎えてくれる。毎回飽きもせず、同じみのグリークピザを注文。休みの特権だということで、午後1時、まだ果たされていないお使いミッションをビールで乾杯。
別にMarthaにビールを奢って貰ったからというわけではないが、自分のコミュニティーを愛することはいいことだなあ、と Binksを出た後、うまい具合に通りかかったバスに飛び乗りながら しみじみと思った。地元の人々とビジネスとの密着した相互関係がその町を強く暖かいコミュニティーにしていくんだな。そんなわけで マーケットに着く前にもう一軒、地元貢献の名の下に、リカーショップに立ち寄る。やっぱり、美味いウォッカ無しでは、雪に埋もれた長い夜は過ごせないでしょう。
Kiki
Binks
2715 NE Alberta St
Portland, OR 97211
Phone: (503) 493-4430
Posted on 夕焼け新聞 2009年1月号
うちに2台ある車は山盛りの雪を被って ここ一週間使用されていない。チェーンはトランクに乗っかったまま。「どこにも出かけられなかった」というよりも、面倒くさがり屋のハビーと私は、チェーンを着けるという「大作業」をしてまで この大雪の中 どこかにドライブしようとは思わなかった、というのが真相。
が、しかし クリスマスだというのに、インスタントラーメンでしのぐのは味気ないではないか。なんとかして食料の買出しには行きたい。最初、某大型マーケットへ行くことを考えた。私のアイデアにノリの悪いハビーが、しぶしぶそこに行くまでのバスのルートを調べた。2本のバスが近くを走るようだが、今日は運行停止になっているという。ものすごい遠回りをするバスやMaxを乗り継いで 何ブロックか歩くルートならあるようだが、想像するだけでクタクタになった。 どうやら うちのNeighborhoodから出られそうになさそうだ。
そこで思いついたのが、歩いて20ブロックほど先にあるローカルのマーケットに行く、ということ。あんまり行くことのないそのマーケットの存在をすっかり忘れていた。うちとそのマーケットを繋ぐAlberta Streetにはバスが1本通っているから うまく行けばそれに飛び乗れる、という設定で、完全防備、リサイクルの買い物バッグを手に出発した。
見慣れたローカルの通りも、こうやって雪を被るとまた景色が違って見え、行き交う人々も この異常気象を楽しんでいるようだった。いつも行列が出来ているカフェやレストランも今日は、真の地元陣だけでゆったりと時間を過ごしているのが窓の外から窺えた。どこにも行けないAlbertaに住む地元人のために この通りの両側に立つビジネスがちゃんとオープンしているだ、と感慨。いやー、助け合いのコミュニティーとは いいもんだ。
そんなわけで 食料の買い物という大事なミッションがあるにもかかわらず、行く先々に誘惑の「オープン」サインが、私達を寄り道へと導く。まずは、炒ったコーヒーの香りと焼きたてのペイストリーの香りに誘われて、フレンチベーカリーに立ち寄った。クリスマスの朝に食べるペーストリーとデザートのパイを買い、試食用に出されたケーキのスライスを摘む。次は お茶好きな義理パパのために何か特別なお茶はないかと、ティーショップに入る。カウンターに立つお兄さんとお茶ッ葉についての語りに熱が入る。こんな雪の寒い日は やはり、暖かい部屋で映画鑑賞でしょう、ということで ビデオ屋に足を進める。3本借りると4本目はタダと言われて、店の隅で円陣を組み、真剣にDVDの選択が行われる。
朝食抜きで ここまで歩いてくるとさすがに腹も減ってきた。マーケットまで無事辿り着くには、腹ごしらえが必要、ということで、ハビーと私の行きつけのバーBinksに立ち寄る。ここのピザを考えると、もう食べないで通り過ぎるということは私達には不可能なのだ。このバーも普段は押し合い、揉み合いの混雑ぶりなのに、今日は近所の徒歩組みだけでリラックスした時間が流れていた。顔見知りのバーテンダー、Marthaが笑顔で迎えてくれる。毎回飽きもせず、同じみのグリークピザを注文。休みの特権だということで、午後1時、まだ果たされていないお使いミッションをビールで乾杯。
別にMarthaにビールを奢って貰ったからというわけではないが、自分のコミュニティーを愛することはいいことだなあ、と Binksを出た後、うまい具合に通りかかったバスに飛び乗りながら しみじみと思った。地元の人々とビジネスとの密着した相互関係がその町を強く暖かいコミュニティーにしていくんだな。そんなわけで マーケットに着く前にもう一軒、地元貢献の名の下に、リカーショップに立ち寄る。やっぱり、美味いウォッカ無しでは、雪に埋もれた長い夜は過ごせないでしょう。
Kiki
Binks
2715 NE Alberta St
Portland, OR 97211
Phone: (503) 493-4430
Posted on 夕焼け新聞 2009年1月号
Sunday, July 3, 2011
おいしい話 No. 21「食通の話」
ポートランドは ユニークで魅力的なレストランが本当に沢山あるところだ。ニューヨークから腕利きのシェフ達がこぞってポートランドにやってきて、新しいレストラン業なるものを打ち立て、クリエイトしていってる、なんて話しも聞いたことあるし、NWの新鮮な鮮魚、ローカルの野菜や肉、土地のキャラクターを主張するワインとビールの揃うポートランドは、シェフやレストランオーナー達の プロミスランドのような街なのではないか、と思ってしまう。
噂のお店をすべて 食べ歩きし、批評をしていきたいところだが、もちろん 自腹ではそんなことしょっちゅうできない。誰かが「おごってくれる」となった時に チャンス到来!とばかりに、胸元にずーっと暖め続けている「行きたい店」リストをこっそり見るのだ。これが あんまり知らない人だと このリストにあるファンシーな店の名を挙げるのに 少々ためらってしまうが、いかにさりげなくスマートに提案するかがカギとなり、この食い意地をあからさまに見せないワザが必要となる。しかし スイートなマイ ハビーが、「よおっし、特別だからディナーに連れていってあげる」なんて言った日には、一番大きくハイライトされたレストランの名前が遠慮なく提案される。
今回私が選んだのは NE にある「DOC」というイタリアンレストラン。ここもポートランドに数あるユニークな店のひとつ。まず、店の規模がとっても小さく、入り口を入るとそこはいきなりキッチンとなっている。右手には二人のシェフが料理に立ち回り、左手にはディッシュワッシャーのお兄さんが皿を洗っている。その真ん中で、「あのー 8時に予約入れてるもんですけど、、、」と 向かってくるサーバーに声をかける。そこから「Follow me!」と案内されるダイニングルームは半歩先。ダイニングにキッチンがあるというのか、キッチンにダイニングがあるというのか、とにかく、客とシェフが一つの部屋をシェアしている状態なのである。唯一奥にある一枚のドアは御トイレ用で、他は隠してるもの一切ナシ、という状態。それでも 白いテーブルクロスや、キャンドルライト、磨かれたグラスに注がれた赤ワインに しっとり流れるジャズと、ロマンチックな雰囲気はうまい具合にしっかりと演出されている。
満席の中、セットされた席は コモンテーブルで他の二つのグループと同席。一瞬二人用テーブルがよいなあ、なんて気持ちになるけど、座ってしまえば 何気に気にならない。人見知りをしないハビーが いつものごとく「それはナンですか?」と隣のご夫人に指を刺しながら聞くのもしょうがないと思える。しかしまあ、こんなロケーションの穴倉のようなところに よく人が集まってくるもんだ、と関心する。雑誌の紹介や口コミの影響力の強さは本当にあなどれないが、美味い店があると聞きつければ郊外の端まで駆けつける ポートランド人の根性はそうとうなものだ。レストラン側もクリエイティブ部門に力が入るというもんだ。
口コミの影響力といえば、そこに大きく加担しているのが うちのハビー。人にあそこの店はどうだ、とか ここの店はどうだ、とか語るのが大好き。そして、本人、他人からも簡単に影響される。「いやー 実によかったよ、あの店」なんて情報を得ようものなら すぐさま行きたくてうずうずする性質。
今夜も 同コモンテーブルに同席したカップルを相手に ハビーの強力な「お勧めレストラン」のトークが始まった。このカップルの男性も食好きを表していたが、ハビーが並べるレストランの名前に目を大きく見開いて聞き入っていた。行った事のある店から 行った事はないが良いらしいと聞いた店まで、相当なグルメ人を演じていた。この男性、「若いのにこいつは何者だ?」と思ったかもしれないが、妻の私も、年に1,2回こんなお値段のいい店に来れればいいくらいの経済状況で、よくもまあ その通ぶりが出せるもんだと、目がパチクリ。バックマージンが入るわけでもないのに、歩くConciergeとなり 人々にお勧めレストランを紹介することに情熱を抱くマイ ハビー。
私の行きたい店リストに入っていた「DOC」が、彼の必ず紹介したい店リストに移ったことは間違いない。こういう「知る人ぞ 知る」タイプの店は特に二重丸が入る。五つのコースからなる “Tasting Menu”に それぞれの料理に合わせた”half-poured wine” が私たちの選んだディナー。そして これが、ハビーの当店一押しメニューになることは間違いない。
Kiki
DOC restaurant.
5519 NE 30th avenue.
Portland, Oregon.
503-946-8592.
Posted on 夕焼け新聞 2008年12月号
噂のお店をすべて 食べ歩きし、批評をしていきたいところだが、もちろん 自腹ではそんなことしょっちゅうできない。誰かが「おごってくれる」となった時に チャンス到来!とばかりに、胸元にずーっと暖め続けている「行きたい店」リストをこっそり見るのだ。これが あんまり知らない人だと このリストにあるファンシーな店の名を挙げるのに 少々ためらってしまうが、いかにさりげなくスマートに提案するかがカギとなり、この食い意地をあからさまに見せないワザが必要となる。しかし スイートなマイ ハビーが、「よおっし、特別だからディナーに連れていってあげる」なんて言った日には、一番大きくハイライトされたレストランの名前が遠慮なく提案される。
今回私が選んだのは NE にある「DOC」というイタリアンレストラン。ここもポートランドに数あるユニークな店のひとつ。まず、店の規模がとっても小さく、入り口を入るとそこはいきなりキッチンとなっている。右手には二人のシェフが料理に立ち回り、左手にはディッシュワッシャーのお兄さんが皿を洗っている。その真ん中で、「あのー 8時に予約入れてるもんですけど、、、」と 向かってくるサーバーに声をかける。そこから「Follow me!」と案内されるダイニングルームは半歩先。ダイニングにキッチンがあるというのか、キッチンにダイニングがあるというのか、とにかく、客とシェフが一つの部屋をシェアしている状態なのである。唯一奥にある一枚のドアは御トイレ用で、他は隠してるもの一切ナシ、という状態。それでも 白いテーブルクロスや、キャンドルライト、磨かれたグラスに注がれた赤ワインに しっとり流れるジャズと、ロマンチックな雰囲気はうまい具合にしっかりと演出されている。
満席の中、セットされた席は コモンテーブルで他の二つのグループと同席。一瞬二人用テーブルがよいなあ、なんて気持ちになるけど、座ってしまえば 何気に気にならない。人見知りをしないハビーが いつものごとく「それはナンですか?」と隣のご夫人に指を刺しながら聞くのもしょうがないと思える。しかしまあ、こんなロケーションの穴倉のようなところに よく人が集まってくるもんだ、と関心する。雑誌の紹介や口コミの影響力の強さは本当にあなどれないが、美味い店があると聞きつければ郊外の端まで駆けつける ポートランド人の根性はそうとうなものだ。レストラン側もクリエイティブ部門に力が入るというもんだ。
口コミの影響力といえば、そこに大きく加担しているのが うちのハビー。人にあそこの店はどうだ、とか ここの店はどうだ、とか語るのが大好き。そして、本人、他人からも簡単に影響される。「いやー 実によかったよ、あの店」なんて情報を得ようものなら すぐさま行きたくてうずうずする性質。
今夜も 同コモンテーブルに同席したカップルを相手に ハビーの強力な「お勧めレストラン」のトークが始まった。このカップルの男性も食好きを表していたが、ハビーが並べるレストランの名前に目を大きく見開いて聞き入っていた。行った事のある店から 行った事はないが良いらしいと聞いた店まで、相当なグルメ人を演じていた。この男性、「若いのにこいつは何者だ?」と思ったかもしれないが、妻の私も、年に1,2回こんなお値段のいい店に来れればいいくらいの経済状況で、よくもまあ その通ぶりが出せるもんだと、目がパチクリ。バックマージンが入るわけでもないのに、歩くConciergeとなり 人々にお勧めレストランを紹介することに情熱を抱くマイ ハビー。
私の行きたい店リストに入っていた「DOC」が、彼の必ず紹介したい店リストに移ったことは間違いない。こういう「知る人ぞ 知る」タイプの店は特に二重丸が入る。五つのコースからなる “Tasting Menu”に それぞれの料理に合わせた”half-poured wine” が私たちの選んだディナー。そして これが、ハビーの当店一押しメニューになることは間違いない。
Kiki
DOC restaurant.
5519 NE 30th avenue.
Portland, Oregon.
503-946-8592.
Posted on 夕焼け新聞 2008年12月号
Sunday, June 26, 2011
おいしい話 No. 20「サクセスストーリー」
移民または移民者達について学ぶクラスで、「アメリカでサクセスするって どういうことなのだろう」っていう質問を投げかけられた。さすがクラスのコース名が誘ったのか 机に座る生徒達は多人種で賑わっており、それぞれの国のバックグラウンド、そして生い立ちからなる価値観を持った上での、様々な「サクセスとは」という意見が交わされた。
私にとってのサクセスとは何なのだろう。ちょっと1年間だけ様子見して、もしかしたら日本にすぐ帰るかもしれませーん、といって渡ってきたアメリカ。のわりには、所持品全部売り払って旅費、学費、そして生活費の足しをこしらえたため、1年後に帰ってきても何にもないよという状態にしてしまったのは事実。人口33万人の小さな市で息絶える前に、境界線を越えて世界の広さを感じたい、自分を未知の世界に放り出して見えない可能性を感じたい、なんて独りよがりな考えに火がついて、長年お世話になった小会社の社長に辞表を提示し、退職金はしっかり頂いて、飛行機に飛び乗ったのだ。
まさに空っぽの部屋で唯一の家具であるダンボール箱を机として始めたアメリカ生活。日本に留まっていさえすれば 継続してそれなりの給料ももらって、それなりに贅沢もできてたのに、天と地がひっくり返ったような生活に、「私はいったい何をやってんだ?」と自分不信。自分がものすごい大失態をやらかした人間に思えてしょうがない時が何度もあった。そして同時に、このやっかいもんのせいで、日本に帰ってもまた壱からの出直しを強いられる事になるという状況も ものすごく怖かった、、、。
そんなディプレッションの中、似たり寄ったりの状況下の日本人達と苦労話を競い合いながら、心ではマジ泣きしている事情を笑いに変えて盛り上がりながら、戦闘士のように前進してきた。そんなイタい仲間の寄り合いからぽろりぽろりと抜け出して、裕福なお家にお嫁に行った人もいるし、ものすごく立派な会社に就職した人もいる。「羨ましぃーっ!」とハンカチに噛み付いていたもんだが、このコースのクラスメートの意見が最後に一致したように、個人によって「サクセス」の定義は違うんだ、という事を自分で認識してきたような気がする。
さて、私もこの十年、アメリカでまだのたれ死んでいない。まず これはすごいサクセスである。ESLを卒業する、カレッジを卒業する、BAを取る、と顔面に目標のアンパンをぶら下げて追いかけ続け、ひとつひとつそれに食らい付いて、食べ尽くしてきたのも立派なサクセスである。おっと、もちろん、ちょっと生意気だが かわいいハビーを捕まえたのも とってもサクセスフルだと言えよう。
先日、日本に一月ほど里帰りをし、戻ってきた友人から土産話を聞くべく、パールディストリクトにあるバー、Fratelliに腰を下ろした。この友人も 例外に漏れず、アメリカでのものすごい苦労話を語れる人物だが、そこに自己陶酔することなく 立ち塞がる壁をぶち壊して前進し続け、自分の力でキャリアを手に入れ、パールディストリクトに住もうかなあ、なんて言葉が出るほどのステイタスを築きあげきた。アメリカでサクセスを手に入れたまれにみる日本女性である。
私にしてみれば、わーい、めでたし、めでたしっ!というところだが、彼女はそこに甘んじない。次のキャリアアップをしっかり志している。そのチャンスが日本にあるなら、すぐ戻る心構えはある、と言う。彼女の中にはアメリカでなくてはならない理由はない。アメリカとか日本とか関係なく、自分が納得する人生とサクセスストーリーを作り上げていく事が 彼女の生き方なのだ。
アジアのどこかの国の移民一家をバックグラウンドに持っているように思わせるバーテンダーが 特別に作ってくれたエスプレッソマーティーニが、甘く、苦く、心に沁みていく。ほの暗い照明のもと、コーヒーの香ばしい香りが漂い、無謀に酔っ払わせることなく、しっとりと、真剣な話を促してくれる。
この完璧なカクテルが作れる彼は、サクセスフルなバーテンダーだと言えよう。
でも きっと、この彼も含め、私たちのサクセスストーリーは個人個人のシナリオと価値観のもと、死ぬまで New Editionとして出版し続けられるんだろうな。今では一軒家で物(ガラクタ)が溢れるような生活をしているが、自分に厳しい私は、もちろんそこで留まらない。新しいアンパンをぶら下げて 次のゴールに向かって走り出すぞ!
Kiki
Fratelli
1230 NW Hoyt
Portland, OR 97209
503-241-8800
Posted on 夕焼け新聞 2008年11月号
私にとってのサクセスとは何なのだろう。ちょっと1年間だけ様子見して、もしかしたら日本にすぐ帰るかもしれませーん、といって渡ってきたアメリカ。のわりには、所持品全部売り払って旅費、学費、そして生活費の足しをこしらえたため、1年後に帰ってきても何にもないよという状態にしてしまったのは事実。人口33万人の小さな市で息絶える前に、境界線を越えて世界の広さを感じたい、自分を未知の世界に放り出して見えない可能性を感じたい、なんて独りよがりな考えに火がついて、長年お世話になった小会社の社長に辞表を提示し、退職金はしっかり頂いて、飛行機に飛び乗ったのだ。
まさに空っぽの部屋で唯一の家具であるダンボール箱を机として始めたアメリカ生活。日本に留まっていさえすれば 継続してそれなりの給料ももらって、それなりに贅沢もできてたのに、天と地がひっくり返ったような生活に、「私はいったい何をやってんだ?」と自分不信。自分がものすごい大失態をやらかした人間に思えてしょうがない時が何度もあった。そして同時に、このやっかいもんのせいで、日本に帰ってもまた壱からの出直しを強いられる事になるという状況も ものすごく怖かった、、、。
そんなディプレッションの中、似たり寄ったりの状況下の日本人達と苦労話を競い合いながら、心ではマジ泣きしている事情を笑いに変えて盛り上がりながら、戦闘士のように前進してきた。そんなイタい仲間の寄り合いからぽろりぽろりと抜け出して、裕福なお家にお嫁に行った人もいるし、ものすごく立派な会社に就職した人もいる。「羨ましぃーっ!」とハンカチに噛み付いていたもんだが、このコースのクラスメートの意見が最後に一致したように、個人によって「サクセス」の定義は違うんだ、という事を自分で認識してきたような気がする。
さて、私もこの十年、アメリカでまだのたれ死んでいない。まず これはすごいサクセスである。ESLを卒業する、カレッジを卒業する、BAを取る、と顔面に目標のアンパンをぶら下げて追いかけ続け、ひとつひとつそれに食らい付いて、食べ尽くしてきたのも立派なサクセスである。おっと、もちろん、ちょっと生意気だが かわいいハビーを捕まえたのも とってもサクセスフルだと言えよう。
先日、日本に一月ほど里帰りをし、戻ってきた友人から土産話を聞くべく、パールディストリクトにあるバー、Fratelliに腰を下ろした。この友人も 例外に漏れず、アメリカでのものすごい苦労話を語れる人物だが、そこに自己陶酔することなく 立ち塞がる壁をぶち壊して前進し続け、自分の力でキャリアを手に入れ、パールディストリクトに住もうかなあ、なんて言葉が出るほどのステイタスを築きあげきた。アメリカでサクセスを手に入れたまれにみる日本女性である。
私にしてみれば、わーい、めでたし、めでたしっ!というところだが、彼女はそこに甘んじない。次のキャリアアップをしっかり志している。そのチャンスが日本にあるなら、すぐ戻る心構えはある、と言う。彼女の中にはアメリカでなくてはならない理由はない。アメリカとか日本とか関係なく、自分が納得する人生とサクセスストーリーを作り上げていく事が 彼女の生き方なのだ。
アジアのどこかの国の移民一家をバックグラウンドに持っているように思わせるバーテンダーが 特別に作ってくれたエスプレッソマーティーニが、甘く、苦く、心に沁みていく。ほの暗い照明のもと、コーヒーの香ばしい香りが漂い、無謀に酔っ払わせることなく、しっとりと、真剣な話を促してくれる。
この完璧なカクテルが作れる彼は、サクセスフルなバーテンダーだと言えよう。
でも きっと、この彼も含め、私たちのサクセスストーリーは個人個人のシナリオと価値観のもと、死ぬまで New Editionとして出版し続けられるんだろうな。今では一軒家で物(ガラクタ)が溢れるような生活をしているが、自分に厳しい私は、もちろんそこで留まらない。新しいアンパンをぶら下げて 次のゴールに向かって走り出すぞ!
Kiki
Fratelli
1230 NW Hoyt
Portland, OR 97209
503-241-8800
Posted on 夕焼け新聞 2008年11月号
Saturday, June 11, 2011
おいしい話 No. 19「パン屋さん」
異国にいて 恋しいと思う母国の食はたくさんあるけれど、日本のスーパーマーケットで 買えない物が 少なくなってきているのは確か。レストランで直接味わえなくても、食材を購入して 自分で作ることが可能なのだ。それでも やっぱり、どんなに世の中便利になってきたもんだ、と言っても、入手できなくて、自分でも作ることができない、と悲しくなってしまう食品もまだまだある。その中のひとつが パン。
日本のデパートの地下食品売り場や、商店街の一角にあるような あのパン屋がここアメリカ、少なくとも ポートランドにはない。
私が言う「あのパン屋」とは 自分がトレイとトングを手に取り、並べられたありとあらゆる種類のパンを選び、レジにトレイを持っていって 精算、袋に入れてもらうというスタイルのパン屋だ。
パンは必ず そこで焼かれていなければならず、定番ものから創作パンまで その種類もそれなりにないとだめ。どれもこれも美味しそうに見えて、気が付いたら、自分が食べる予定以上の量がトレイにのっかっている、という状態になるような。
中国系などのパン屋で、そういうスタイルがあるのを見かける時がたまーにあるけど、ビニール袋にすでに入っていおり、あの焼きたての香ばしい匂いや、狐色に照るパンの存在自体の 強いアピールを直接的に感じられない。「わーあ!おいしそうなパンがいっぱいある!」という、掻き立てられるような感情が半減してしまい、ビニールに入ったパンをくるくるひっくり返しながら 冷静に選ぶ、ということになってしまうのだ。あの 裸のパンの、トングで触るともう最後、トレイに運ぶしかない、という緊張感のために、迷いきる、ということがないのだ。
菓子パン以外にも 厚切り食パンは 切なくなるほど恋しい。どんなに日本の食パンだという商品をこちらで見つけても 何かが違う。ふんわりモチモチとした食感は、どうしても味わえない。バターとかジャムとか塗らなくても、そのままで十分美味しいという食パンは、朝食の食欲があまりわかない私には とっても嬉しいアイテムなのだ。
しかし、なぜアメリカの食パン達はみんな薄切りなんだろう。サンドイッチ王国だからなのかなあ。
とにかく、日本のパン屋さんが 街の角々にできて欲しい、というのが私の願い。散歩がてら徒歩で行けるところにできてくれるとなお宜しい。と、言ってるところに、近所にパン屋さんができたという情報が入った。
日本のパン屋だという期待は最初からしていなかったけど、根っからのパン好きの私は、パン屋が近くにできたことはとっても喜ばしかった。
もちろん「Petite Provence」なんてしゃれた名前のboulangerie(パン屋!)に 私の描く卵パンとか、お好みパンとか、焼きそばパンなどはなく、フランス風のいわゆるペストリーというスタイルのパンが並べられていた。敷地の半分はカフェスタイルで、沢山のテーブルや椅子で占めており、大きく開け放たれたドアや窓が気持ち良い風を運び込み、焼きたてパンの匂いを店内いっぱいに広げていた。
ウインナーソーセージとかマヨネーズコーンとかの変わりに、様々なフルーツが乗ったペストリーがテカテカとした光を放ちながらディスプレイのトレイに横たわっている。ここのパンたちのアピール度も半端ではない、と確認。あの欲望に掻き立てられる感覚がものすごい勢いでわきあがってきた。思わずトングを掴み、手を伸ばしたくなるところだったが、パンと私の間に立ち塞がるガラスの仕切りがそれを防御。ま、トングとトレイが入り口に置かれていないこと自体、自分で取るなんてことは不可能なのだけど、ビニール袋と同じく、このガラスの仕切りが、なんでも掴みたくなる欲望を冷たく抑えるのだ。そして、次に襲ってくるのが 小さな恐怖心。パンのカウンターの向こう側に立つおねえさんが、「どれにしましょうか?」と私のオーダーを待っている。額に冷や汗を感じながら それぞれのペストリーにつっ刺さった札を睨む。手書きの筆記体で書かれた文字はものすごく読みにくく、フランス語の名前なんぞ付いていた時には なんて発音していいのやら まったく解らず、心臓の脈打ちが暴走しそうになる。
結局、「これとあれと、、」と人差し指を突き出しながら、オーダーするはめになる。ほんとうはいろいろ一杯買いたいのに「これ」とか「あれ」をずっと言い続けるのも恥ずかしく、それでいいです、と2、3個で終わる。
ああ 本当に、日本の あのパン屋さんが恋しいです。
Kiki
Petite Provence
Boulangerie & Patisserie
1824 NE Alberta St.
Portland, OR 97211
Posted on 夕焼け新聞 2008年10月号
日本のデパートの地下食品売り場や、商店街の一角にあるような あのパン屋がここアメリカ、少なくとも ポートランドにはない。
私が言う「あのパン屋」とは 自分がトレイとトングを手に取り、並べられたありとあらゆる種類のパンを選び、レジにトレイを持っていって 精算、袋に入れてもらうというスタイルのパン屋だ。
パンは必ず そこで焼かれていなければならず、定番ものから創作パンまで その種類もそれなりにないとだめ。どれもこれも美味しそうに見えて、気が付いたら、自分が食べる予定以上の量がトレイにのっかっている、という状態になるような。
中国系などのパン屋で、そういうスタイルがあるのを見かける時がたまーにあるけど、ビニール袋にすでに入っていおり、あの焼きたての香ばしい匂いや、狐色に照るパンの存在自体の 強いアピールを直接的に感じられない。「わーあ!おいしそうなパンがいっぱいある!」という、掻き立てられるような感情が半減してしまい、ビニールに入ったパンをくるくるひっくり返しながら 冷静に選ぶ、ということになってしまうのだ。あの 裸のパンの、トングで触るともう最後、トレイに運ぶしかない、という緊張感のために、迷いきる、ということがないのだ。
菓子パン以外にも 厚切り食パンは 切なくなるほど恋しい。どんなに日本の食パンだという商品をこちらで見つけても 何かが違う。ふんわりモチモチとした食感は、どうしても味わえない。バターとかジャムとか塗らなくても、そのままで十分美味しいという食パンは、朝食の食欲があまりわかない私には とっても嬉しいアイテムなのだ。
しかし、なぜアメリカの食パン達はみんな薄切りなんだろう。サンドイッチ王国だからなのかなあ。
とにかく、日本のパン屋さんが 街の角々にできて欲しい、というのが私の願い。散歩がてら徒歩で行けるところにできてくれるとなお宜しい。と、言ってるところに、近所にパン屋さんができたという情報が入った。
日本のパン屋だという期待は最初からしていなかったけど、根っからのパン好きの私は、パン屋が近くにできたことはとっても喜ばしかった。
もちろん「Petite Provence」なんてしゃれた名前のboulangerie(パン屋!)に 私の描く卵パンとか、お好みパンとか、焼きそばパンなどはなく、フランス風のいわゆるペストリーというスタイルのパンが並べられていた。敷地の半分はカフェスタイルで、沢山のテーブルや椅子で占めており、大きく開け放たれたドアや窓が気持ち良い風を運び込み、焼きたてパンの匂いを店内いっぱいに広げていた。
ウインナーソーセージとかマヨネーズコーンとかの変わりに、様々なフルーツが乗ったペストリーがテカテカとした光を放ちながらディスプレイのトレイに横たわっている。ここのパンたちのアピール度も半端ではない、と確認。あの欲望に掻き立てられる感覚がものすごい勢いでわきあがってきた。思わずトングを掴み、手を伸ばしたくなるところだったが、パンと私の間に立ち塞がるガラスの仕切りがそれを防御。ま、トングとトレイが入り口に置かれていないこと自体、自分で取るなんてことは不可能なのだけど、ビニール袋と同じく、このガラスの仕切りが、なんでも掴みたくなる欲望を冷たく抑えるのだ。そして、次に襲ってくるのが 小さな恐怖心。パンのカウンターの向こう側に立つおねえさんが、「どれにしましょうか?」と私のオーダーを待っている。額に冷や汗を感じながら それぞれのペストリーにつっ刺さった札を睨む。手書きの筆記体で書かれた文字はものすごく読みにくく、フランス語の名前なんぞ付いていた時には なんて発音していいのやら まったく解らず、心臓の脈打ちが暴走しそうになる。
結局、「これとあれと、、」と人差し指を突き出しながら、オーダーするはめになる。ほんとうはいろいろ一杯買いたいのに「これ」とか「あれ」をずっと言い続けるのも恥ずかしく、それでいいです、と2、3個で終わる。
ああ 本当に、日本の あのパン屋さんが恋しいです。
Kiki
Petite Provence
Boulangerie & Patisserie
1824 NE Alberta St.
Portland, OR 97211
Posted on 夕焼け新聞 2008年10月号
Sunday, June 5, 2011
おいしい話 No. 18「夏の匂い」
最近ハビーの両親が、地元の農家と契約して ある金額を前払いし、毎週 その週に出荷されたばかりの旬の野菜を用意してもらう、ということを始めたらしく、毎週新鮮な野菜が食べれると喜んでいる。
この両親、特別太っているわけでもないけど 自身で気にしているらしく、二人そろって ダイエットプログラムに加入したりしていた。今では大量の野菜が毎週用意されるので、それらを無駄にしないためにも せっせと否が追うにも野菜を食べなきゃいけない状況になっている。
毎週どんな野菜が詰められているかわからないので、福袋のような楽しみがあるが、毎日料理のバラエティーを考えるのに頭を使うことになる。いつもお決まりの野菜炒めでは そのうち「もう野菜なんか見たくない」、という状況になりかねない。
先日私たちが訪ねた日も ちょうどこの契約農家から 取れたての とうもろこし、キャベツ、桃などをもらってきたばかりだった。パパがチキンのバーベキューを作り(アメリカ人の旦那はなぜかいつもBBQ係り)、ママがキャベツのサラダを作った。私だったらキューピーマヨネーズで和えて終わりそうなところを、賢いママは 料理の本を見て新しいドレッシングに挑戦。そして もう一つのサイドディッシュとして 茹でたとうもろこしが添えられた。
アメリカではしっかり野菜としての認識があるとうもろこしであるが、私の中のとうもろこしは夏の「おやつ」であって 夕食の一品としては考えたことなかった。始めてアメリカ人一家の夕食に招かれた時、お皿にゴロンと横たわる茹でたとうもろこしにナイフで取ったバターを塗りまくり、塩コショウを掛けてかぶりつく家族の人達を見て密かにカルチャーショックを受けたもんだ。
異国で長いこと生き抜くには、その国のいろんな習慣に身を投じるしかなく、倣ってやっていくうちに 自然にそれが馴染んでくるもんで、私もバターをしっかりセメントのように塗り付けて食べられるようになった。
その夕食の席で、とうもろこしにかぶりついた時、そのはじける甘い汁に 私の意識が遠い遠い昔へと回想されていった。
私の子供の頃は こんな改良に改良を重ねられたような甘いとうもろこしはなかった。近所のとうもろこし畑から刈り取られ、道端の無人八百屋で売られていたとうもろこしは 実が異様に詰まっており、砂糖のような甘さのまったくない代物だった。なぜ夏祭りで売られている焼きとうもろこしと甘さが違うのだろう、と小学生の私は不思議でならなかった。
学校から帰ると 母親が大量に茹でたとうもろこしが ちゃぶ台におかれている。その甘みのない田舎のとうもろこしがそれほど好物ではなかったが、それしかおやつとして置かれてない時は 仕方なく食べるしかなかった。ハエよけにかぶせられた手拭いをとると、まっ黄色にぷりぷり身をはったとうもろこしから どくとくの夏の匂いがただよった。それを一つ掴んで 縁側に座り、涼みながら食べたもんだ。
うちの母親のお陰できゅうりやトマトも野菜というよりも軽いスナックである、という認識が小さい脳みそに植えつけられた。さっと洗ったきゅうりやトマトも塩を付けて丸ごとかぶりついた。クッキーやショートケーキなどの変わりに 桃やイチゴ、イチジク、琵琶などが笊に盛られて台所に置かれていた。
お腹が痛くなるまで食べたスイカも含め、それらの一つ一つから むせ返るほと放たれていた匂いが、私の子供の頃の 夏の思い出のシーンを作り上げているような気がする。
そんな回想のせいで、猛暑が続いた今年のポートランドだけど、もっと夏を感じたくなって、自分でもとうもろこしを茹でてみた。足をぶらぶらさせて座る縁側はないけれど、ポーチにある椅子に腰をおろし、目を閉じてそっと匂いをかいでみた。
昔は オーガニックなんてファンシーな言葉はなかったが、普通にオーガニックの野菜が笊盛りで安く売られていたんだよね。今 オーガニック野菜がスーパーマーケットに再来しているけれども、値段がファンシー過ぎていけていない。トマトが1個2ドルするのはどうなんだろう。あの胴周りの太いきゅうりをそのままかぶりつきたいとは思わないしなあ。それより何より、あの独特な野菜の匂いが消えてしまったと思うのは 気のせいだろうか。それとも、自分が昔のように野菜と密着した生活をしなくなっているってことなのか。
パパとママが契約した農家から送られてくる福袋の中には、きっと夏の匂いが沢山詰まっていることだろう。
Kiki
Posted on 夕焼け新聞 2008年9月号
この両親、特別太っているわけでもないけど 自身で気にしているらしく、二人そろって ダイエットプログラムに加入したりしていた。今では大量の野菜が毎週用意されるので、それらを無駄にしないためにも せっせと否が追うにも野菜を食べなきゃいけない状況になっている。
毎週どんな野菜が詰められているかわからないので、福袋のような楽しみがあるが、毎日料理のバラエティーを考えるのに頭を使うことになる。いつもお決まりの野菜炒めでは そのうち「もう野菜なんか見たくない」、という状況になりかねない。
先日私たちが訪ねた日も ちょうどこの契約農家から 取れたての とうもろこし、キャベツ、桃などをもらってきたばかりだった。パパがチキンのバーベキューを作り(アメリカ人の旦那はなぜかいつもBBQ係り)、ママがキャベツのサラダを作った。私だったらキューピーマヨネーズで和えて終わりそうなところを、賢いママは 料理の本を見て新しいドレッシングに挑戦。そして もう一つのサイドディッシュとして 茹でたとうもろこしが添えられた。
アメリカではしっかり野菜としての認識があるとうもろこしであるが、私の中のとうもろこしは夏の「おやつ」であって 夕食の一品としては考えたことなかった。始めてアメリカ人一家の夕食に招かれた時、お皿にゴロンと横たわる茹でたとうもろこしにナイフで取ったバターを塗りまくり、塩コショウを掛けてかぶりつく家族の人達を見て密かにカルチャーショックを受けたもんだ。
異国で長いこと生き抜くには、その国のいろんな習慣に身を投じるしかなく、倣ってやっていくうちに 自然にそれが馴染んでくるもんで、私もバターをしっかりセメントのように塗り付けて食べられるようになった。
その夕食の席で、とうもろこしにかぶりついた時、そのはじける甘い汁に 私の意識が遠い遠い昔へと回想されていった。
私の子供の頃は こんな改良に改良を重ねられたような甘いとうもろこしはなかった。近所のとうもろこし畑から刈り取られ、道端の無人八百屋で売られていたとうもろこしは 実が異様に詰まっており、砂糖のような甘さのまったくない代物だった。なぜ夏祭りで売られている焼きとうもろこしと甘さが違うのだろう、と小学生の私は不思議でならなかった。
学校から帰ると 母親が大量に茹でたとうもろこしが ちゃぶ台におかれている。その甘みのない田舎のとうもろこしがそれほど好物ではなかったが、それしかおやつとして置かれてない時は 仕方なく食べるしかなかった。ハエよけにかぶせられた手拭いをとると、まっ黄色にぷりぷり身をはったとうもろこしから どくとくの夏の匂いがただよった。それを一つ掴んで 縁側に座り、涼みながら食べたもんだ。
うちの母親のお陰できゅうりやトマトも野菜というよりも軽いスナックである、という認識が小さい脳みそに植えつけられた。さっと洗ったきゅうりやトマトも塩を付けて丸ごとかぶりついた。クッキーやショートケーキなどの変わりに 桃やイチゴ、イチジク、琵琶などが笊に盛られて台所に置かれていた。
お腹が痛くなるまで食べたスイカも含め、それらの一つ一つから むせ返るほと放たれていた匂いが、私の子供の頃の 夏の思い出のシーンを作り上げているような気がする。
そんな回想のせいで、猛暑が続いた今年のポートランドだけど、もっと夏を感じたくなって、自分でもとうもろこしを茹でてみた。足をぶらぶらさせて座る縁側はないけれど、ポーチにある椅子に腰をおろし、目を閉じてそっと匂いをかいでみた。
昔は オーガニックなんてファンシーな言葉はなかったが、普通にオーガニックの野菜が笊盛りで安く売られていたんだよね。今 オーガニック野菜がスーパーマーケットに再来しているけれども、値段がファンシー過ぎていけていない。トマトが1個2ドルするのはどうなんだろう。あの胴周りの太いきゅうりをそのままかぶりつきたいとは思わないしなあ。それより何より、あの独特な野菜の匂いが消えてしまったと思うのは 気のせいだろうか。それとも、自分が昔のように野菜と密着した生活をしなくなっているってことなのか。
パパとママが契約した農家から送られてくる福袋の中には、きっと夏の匂いが沢山詰まっていることだろう。
Kiki
Posted on 夕焼け新聞 2008年9月号
Sunday, May 29, 2011
おいしい話 No. 17「近所のバー・レストラン事情」
うちの近所に3年間放置されていた空き家があった。レストランのようなものを建てようとして 途中で計画が中止され、そのまま忘れ去られているような面持ちだった。引越ししてきた当時、大家から 最近その土地を誰がが買収した、という噂を聞いた。今でこそ 沢山のレストランやバーが立ち並び、賑やかなディストリクトになってきたが、たったの3年前は 暗く活気のない通りだったため、ハビーと私は、「お、これは歩いて1分もかからないところに いい店ができるかもしれない!」と喜こび、勝手な想像を膨らませていった。
やっぱり 酔っ払ってもふらふらと徒歩で家まで帰ってこれるからバーがいい。素敵なバーテンダーがいて、ゆっくり心地よく飲める場所だと、私たちの「行き着け」のバーになるに間違いない。近所にアナキスト系が集まるIrish barがあるが、そこは おしゃれでハイソな私のシーンではない。あ、居酒屋風日本食屋でもいい。ご飯は作りたくないけど ちょこっと日本食を摘みたい、もちろん飲みながら、なんていうのに、この場所はうってつけ! なんて 言っているうちに、その噂も いつしか火元が消え、3年が過ぎてしまった。
その間、ハビーと私は、「私のシーンではない」と言いながらも、やはり近所にバーがあることは 飲兵衛の二人には好都合なわけで、このIrish barで、破れたような黒い服に ごつい編み上げブーツ、大きな穴ピアスをした人達に混じって 普通に飲むようになった。
1年半前にうちの家の裏にあった中古車屋が立退いて、なにやらレストランのようなものが建設され始めた。今度こそ「私たちの店」が出来るかも!と興奮しながら、竹材を使ったり、大きな窓ガラスを入れたり、パティオを作ったり、といった建設過程を一緒に見守っていった。きっと今のブームに合わせたオーガニック系またはベジタリアンの食事を出すレストランかもね、なんて話していたが、蓋をあけてみると、ポートランドならではのヒップスター系チャリンコライダー達が昼間からビールを飲むために集まり始めるようなバーだった。これもまた 全く「私のシーン」ではなかった。音楽はうるさいし、バーメニューは少ないし、人が多すぎる。が、しかし、うちの12時に閉まるIrish barとは違って2時半まで酒が飲める。そんなわけで、夜中にふと ちょこっと一杯いきたいねえ、なんて時は、ハビーと私は、この新しいバーで ユーズドショップのヴィンテージ服にタトゥーをいたるところに見せる若者たちに混じって、安いウイスキーをすすっている。
そして 数ヶ月前、ついに例の放置されていた建物に人が出入りし始め、大掛かりな再建築が開始された。この新しいビジネスについての熱い予見討論が繰り返される。まず 第一に、もう近所にバーはいらない。もうちょっと違うタイプの客が来るような店がいい。ちょっとハイクラスなレストラン。静かで落ち着いた雰囲気のフレンチとか。この辺には まったく日本食がないから、(やっぱりまた)居酒屋とか、寿司屋なんてのもいい。かわいいベーカリー・カフェも嬉しいかも。私たちの 新しい店に対する期待は膨らむばかり。
工事は急ピッチで行われ、見る見る建物の造形が出来上がっていく。どうやら2階があるらしい。いや まてよ あの二階は吹き抜けになっているから、もしかしたら オープンデックになっているのかも。ガレージ風のドアも今時のデザインだよねえ。あれ、ここにもまた チャリンコ置き場が作られている、、、。こうやって観察に飽きない日々だったが、完成真近になって「Radio Room」というバー・レストランができることがわかった。
そして あっという間に オープンの日が来た。ウイスキーサワーだけで 偵察に入ったハビーと私は、店内、メニュー、客層をチェック。どれもが新品で、洗練されてはいるが、無理やりオープンしたという観がないではなかった。新しいサーバー達も慣れていかなきゃいけないし、メニューも当座のために作ったもので、もしかしたらそのうち本格的に変わるのかもしれない、そして 2階のデックも緑が足されて殺風景さが無くなっていくのかもしれない、なんていうことで 判定は1ヶ月後まで待つことにした。
「Radio Room」を出た時、通りを挟んだ向かいに、1年以上放置されて、新しいビジネスが始まるのを待っている空き地があるのが目に留まった。いったいこの土地にはどんな建物が建つのだろう。本当に またバーでないことを願う。できれば 居酒屋のような日本食屋が、、、。
「私たちの店」への思いは果てしなく続いていく。
Kiki
Radio Room
Alberta Arts District,
Alberta Street
Portland, OR 97211
Posted on 夕焼け新聞 2008年8月号
やっぱり 酔っ払ってもふらふらと徒歩で家まで帰ってこれるからバーがいい。素敵なバーテンダーがいて、ゆっくり心地よく飲める場所だと、私たちの「行き着け」のバーになるに間違いない。近所にアナキスト系が集まるIrish barがあるが、そこは おしゃれでハイソな私のシーンではない。あ、居酒屋風日本食屋でもいい。ご飯は作りたくないけど ちょこっと日本食を摘みたい、もちろん飲みながら、なんていうのに、この場所はうってつけ! なんて 言っているうちに、その噂も いつしか火元が消え、3年が過ぎてしまった。
その間、ハビーと私は、「私のシーンではない」と言いながらも、やはり近所にバーがあることは 飲兵衛の二人には好都合なわけで、このIrish barで、破れたような黒い服に ごつい編み上げブーツ、大きな穴ピアスをした人達に混じって 普通に飲むようになった。
1年半前にうちの家の裏にあった中古車屋が立退いて、なにやらレストランのようなものが建設され始めた。今度こそ「私たちの店」が出来るかも!と興奮しながら、竹材を使ったり、大きな窓ガラスを入れたり、パティオを作ったり、といった建設過程を一緒に見守っていった。きっと今のブームに合わせたオーガニック系またはベジタリアンの食事を出すレストランかもね、なんて話していたが、蓋をあけてみると、ポートランドならではのヒップスター系チャリンコライダー達が昼間からビールを飲むために集まり始めるようなバーだった。これもまた 全く「私のシーン」ではなかった。音楽はうるさいし、バーメニューは少ないし、人が多すぎる。が、しかし、うちの12時に閉まるIrish barとは違って2時半まで酒が飲める。そんなわけで、夜中にふと ちょこっと一杯いきたいねえ、なんて時は、ハビーと私は、この新しいバーで ユーズドショップのヴィンテージ服にタトゥーをいたるところに見せる若者たちに混じって、安いウイスキーをすすっている。
そして 数ヶ月前、ついに例の放置されていた建物に人が出入りし始め、大掛かりな再建築が開始された。この新しいビジネスについての熱い予見討論が繰り返される。まず 第一に、もう近所にバーはいらない。もうちょっと違うタイプの客が来るような店がいい。ちょっとハイクラスなレストラン。静かで落ち着いた雰囲気のフレンチとか。この辺には まったく日本食がないから、(やっぱりまた)居酒屋とか、寿司屋なんてのもいい。かわいいベーカリー・カフェも嬉しいかも。私たちの 新しい店に対する期待は膨らむばかり。
工事は急ピッチで行われ、見る見る建物の造形が出来上がっていく。どうやら2階があるらしい。いや まてよ あの二階は吹き抜けになっているから、もしかしたら オープンデックになっているのかも。ガレージ風のドアも今時のデザインだよねえ。あれ、ここにもまた チャリンコ置き場が作られている、、、。こうやって観察に飽きない日々だったが、完成真近になって「Radio Room」というバー・レストランができることがわかった。
そして あっという間に オープンの日が来た。ウイスキーサワーだけで 偵察に入ったハビーと私は、店内、メニュー、客層をチェック。どれもが新品で、洗練されてはいるが、無理やりオープンしたという観がないではなかった。新しいサーバー達も慣れていかなきゃいけないし、メニューも当座のために作ったもので、もしかしたらそのうち本格的に変わるのかもしれない、そして 2階のデックも緑が足されて殺風景さが無くなっていくのかもしれない、なんていうことで 判定は1ヶ月後まで待つことにした。
「Radio Room」を出た時、通りを挟んだ向かいに、1年以上放置されて、新しいビジネスが始まるのを待っている空き地があるのが目に留まった。いったいこの土地にはどんな建物が建つのだろう。本当に またバーでないことを願う。できれば 居酒屋のような日本食屋が、、、。
「私たちの店」への思いは果てしなく続いていく。
Kiki
Radio Room
Alberta Arts District,
Alberta Street
Portland, OR 97211
Posted on 夕焼け新聞 2008年8月号
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