Monday, August 29, 2011

おいしい話 No. 27「カンパニー ベネフィット」


大昔、営業なんていうものをやっていた時は、「接待」という名の残業があった。残業なんてちょっとネガティブな響きで言ってみたが、実際は大変おいしい思いをさせてもらった。接待する側、される側と、両方の立場を交互に回りながら、普通の給料で 普通に暮らしていては味わうことのない食事を楽しませてもらった。「経費で落とす」というこの魔法の言葉が頭をめぐると、両者の気分も大きくなり、安心してあれやこれやと、少々お高めでも注文することができた。高級霜降り神戸牛、フグ刺し、馬刺し、鯨刺し。伊勢海老の刺身に タラバガニやアワビの網焼き。マツタケご飯から土瓶蒸しまでのマツタケ三昧に、鱧や鯛、トロなどのお造り。貧乏家族に生まれ育った私が初めて行った寿司屋、中華料理屋、焼肉屋も接待だった。
時はバブル全盛期。私の友人の会社も例外なく羽振りがよかった。会社として一ヶ月に設定された経費の枠があり、それが使い切れてないと社員に「どこでもいいからメシ食って、領収書を持って来い」と特別任務が渡された。なんと嬉しい時間外労働であろう。そして持つべきものはやはり友、いつもその友人が、4万、5万の現金を手に「どこ行きたい?」と誘ってくれたのだ。お陰で、今月はここのフレンチ、来月はあそこの懐石、と庶民の私には近寄りがたい食事処に行かせてもらった。
しかし、バブル期崩壊は文字通り、私のグルメ期崩壊でもあった。経費の設定金額もガクっと下げられ、接待の内容も目的や詳細を明確にすることが求められ、大得意さんを相手としてもそんなに大盤振る舞いもできなくなり、その頻度もすっかり減ってしまった。もちろん、私の友人からのグルメの旅への招待もぴたりと止まった。自社、他社関係なく受けていたカンパニーベネフィットが もう受けられなくなってしまったのだ。
そこの追い討ちをかけたのが 私の渡米という行動。真の貧乏時代が始まった。学生で、アルバイトを渡り歩く生活をしていた私は、接待なんていう行事に関わることもなく、グルメから180度離れたところに居た。バブル崩壊から十数年、今だ不況が悪化していくことしか耳にしない中、接待という言葉は消えてしまったのでは、もう誰もそんなことをしている会社はないのでは、と思うようになった。
そんな中、私も長いブランクを経て、会社員として社会に再復帰した。そして会社でのあるお食事会に参加させてもらう機会があった。このお食事会、実は出張で来ていたあるお得意さんを招いて、おいしいものをご馳走しようという会だった。え、これはもしや あの幻の「接待」と呼ばれる行事では?
これが蓋を開けてびっくりした。まずは、この客人、自ら希望のレストランを指定。臆気もなく街で1、2を争う高級ステーキハウスを選んだ。加えてうちの会社のお偉いさんたちは、ちょっと怯んだ私の顔をよそに余裕な態度。それを確認するや否や、私の小心者魂が これはうまいものにありつける!というイヤラシイ期待の心に変わり、胃のあたりからワサワサ、ドキドキし始めた。
まずは軽く前菜から摘んで行きましょうと、生ガキ、甘エビ、キャビア、タラバガニ、毛ガニの盛り合わせが選ばれた。ビールの後はワインでも行きましょうか、と店に限定数しか置いていないピノ ノアールが選ばれた。そこにウエイターが通常の2倍の値段がするKobe beefがあと2枚で売り切れとなる、と報告してきた。ひえー 開店1時間半、$100近いステーキがもう売り切れになるってどういこと? と思っている傍で この客人が当然その1枚を注文。各人がそれぞれ注文をしている間、私は ”well marbled”(霜降り、と解釈)と説明されたステーキを注文してやると構えていた。いくら年の功はいっていても、私はあくまでも新入社員なわけだから、注文は普通のステーキ欄から(でもせっかくだからお高めを)選ぶでしょう、と思っていた。そしてとうとう最後に私の番が来た時、私の注文をしようとする言葉を うちのお偉いさんの衝撃的な一言がさえぎった。「その最後の1枚を注文しなさい」。
仰天して、耳を疑う私に、「遠慮しないで頼みなさい」と更なる余裕なお言葉。このお言葉が夢なのか、あのバブル崩壊が夢だったのか。私の長いブランクが嘘だったのか、不景気ニュースがガセなのか、ここには昔の接待習慣が健在していた。すると、じわーっと「経費で落ちるんですよね」という観念が蘇ってきた。
私のチョイスはあっさり変更され、そんなに強く勧められるなら、という建て前で、その最後の1枚のステーキを注文した。やっぱり年の功のためずうずうしさを抑えきれない新人社員。会社勤めも、いろんなタイプのベネフィットを考えると 辞められないもんですね。

Kiki



Posted on 夕焼け新聞 2009年6月号

Sunday, August 21, 2011

おいしい話 No. 26「生春巻きに至るまで」

もうかれこれ3年ほど キッチンのPantryに生春巻きの皮の袋が眠っていた。自分で生春巻きを作ってみようなんて思ったことなど一度もないのに、購入した記憶も全くないのに、なぜか生春巻きの皮が同じ場所に腰を据えていた。キッチンのPantryなんて、毎日100回ぐらい開け閉めして 食料をあさっているのに、その存在を知ったその日から、ずーっと その存在を無視し続けてきた。なぜ生春巻きの皮を直視してきたかというと、学生のころに一緒に住んでいたルームメートが、生春巻き作りに挑戦し、何枚も一緒に茹でた皮にてこずりながら、ぼろぼろ、ぐちゃぐちゃになっていく春巻きを目の当たりにしたため、その映像がトラウマになっていたのだ。

ある日、ついにもう、暗闇に横たわるその存在を無視し続けることができなくなり、生春巻きを作ることを決意した。インターネットで「生春巻きの作り方」と検索し、注意深く どうやったらあの微妙なRice paperを綺麗に茹でることができるのか調べた。そして ほほーっ これは以外に簡単かも、とやる気が盛り上がってきたのは、Rice paperは茹でない、水で戻すのだと知った時。一枚一枚戻して、具を乗せて巻いていけば、あの破れかぶれな状態にはならないのだ。
皮の問題はひとまずこれで解決。さて具の一つである麺であるが、日本のサイトで検索した時に「ビーフン」と出てきた。「ビーフン」て、昔 学校給食なんかで炒めたビーフンを良く食べていた気がするけど、本当はナンなのだ?ここで 非常に私らしいのが、ここから先、疑問を深く追求して検索していくという行動をとらない。他のレシピにはRice noodleと書いていたので、そちらで行くことに決めた。まあ、自分でしっかり下調べをしない、という甘さが祟ったのは実際買い物に行った時。たまたま行った韓国系の店で、ついでだから例の麺を買っていこうと思い立ち、乾燥麺のセクションに足を運んだが、まったくどれを手にしていいかわからなかった。通りかかった店の兄ちゃんを呼びとめ、生春巻きに使う麺はどれかと尋ねた。居合わせた友人が、ベトナム料理のことを韓国人に聞くのはどうなんだろう、と指摘したが、まったくその通り。彼が自信を持って勧めてくれた麺は、茹でると透明な春雨の麺に変わっていった。
急遽 春雨サラダとなった夕食をすすりながら、ハビーが私の物事に対する詰めの甘さに深い溜息をつき、翌日、正真正銘のRice noodleを買ってきてくれた。さて これで 全ては整った。あの3年越しのRice paperがついにPantryから出される日が来た。他の材料と共にRice paperの袋を並べ、料理に取り掛かろうとすると、また たまたま居合わせた友人が、Rice paperにしては色が白くないね、という指摘をした。そのコメントにピクッと反応したハビーが、完全に流そうとしていた私を横に押しやり、その袋を掴み、裏返してIngredientsを読み始めた。
色がほんのりベージュだったのは 小麦粉のせいだったらしく、ハビーの更なる調査によると、小麦粉製は揚げ春巻き用であり、生でなんかでは食べれたもんじゃないと判明。生春巻きは 我が家では伝説の一品となっていきそうな雲行きだった。
たとえ詰めが甘くとも、くじけず、諦めないのが私の良いところで、ハビーに本物のRice paperを買ってきてもらい(安心)、なんとぶっつけ本番、ポットラックパーティー当日に生春巻きを作ることにした。本当のところは、何度もバジルやらパクチやらモヤシ、海老などを用意することに疲れてしまい、練習する気になれなかったのだ。
あの白く、繊細なRice paperは水に浸して戻すと、透明な色になり、つるつるとした感触になる。茹でたNoodle、新鮮な野菜に海老や豚肉を乗せてうまいこと巻こうとするけど、これが容易でない。巻き上がりが なんかゆるかったり、なかなか綺麗に海老が姿を現してくれなかったり、異様に長くなったり太くなったり。きばって春巻きを提供することを公言した手前、悪戦苦闘する私の額に薄らと汗が滲む。そうするうちにも皿がてんこ盛りになっていった。
皮がくっつき合うのを避けるため、レタスを飾り兼、仕切りに使ったら、なんだかとってもおいしそうに見えたからすごい。訪れた友人から十分にお褒めの言葉を頂き、縁も酣となった頃には、見事にレタスだけが横たわるのみという状況になっていた。ピーナッツソースまで手作りというところまで今回はいかなかったが、長い道のりを経て、達成感を得ることのできた生春巻き作りだった。
あのRice paperだと すっかり信じられていた例の袋は、またキッチンのPantryの暗闇に戻された。揚げ春巻きに至るまで、この後どのぐらいの月日を、じっと眠り続ける事になるのやら。


Kiki



Posted on 夕焼け新聞 2009年5月号

Wednesday, August 17, 2011

おいしい話 No. 25「ステーキ屋さん」



ステーキって、どうしてあんなに高いんでしょう。ただちょっと厚みのある 1枚の肉を焼いただけなのに。
そりゃあ その肉が牛の体のどの部分から切り取られたか、その牛がどの地方で、どのように育てられたか、ということによって値段が変わってくるっていう、市場の価格状況があるのはわかるけど、和牛の完璧な霜降り肉でもないのに、基本的な味付けは塩コショウに赤ワイン ジュッ、っていう料理に対して、そんなに大層に 料金乗せなくても、と思ってしまう。

まあ ステーキは焼き方が命、なんていうのはわかるけど、実際 焼きにかかっている時間は少ない。ミディアムレアとかレアがいいなんていう注文には、労働時間はカットされる。
10歩ゆずって、たとえそんなシンプル料理にだって、一流の 腕のいいシェフが必要だとしよう。火加減だのひっくり返すタイミングだの、ウンチクを言い出すと限がないからね。特に老舗のステーキ店なんか 中途半端なシェフをおいておくと その名が立たない、なんてこともあるわけだし。
が、しかし、そんな給料取りの、コストの高い腕利きシェフを雇っておいて、サイドもついてこない、焼いたステーキをデン!と色気のない皿にの真ん中において出すような料理をよし、とするのはどんなものなのか。これが”America’s Favorite”と豪語していいものだろうか。

ステーキ屋に行って常に嘆き声をこぼさずにいられないのは、アートの心をまったく無視したプレゼンテーションの乏しさのせいである。先日行ったMorton’s Stake Houseでその悲しい確認をまたしてしまった。ステーキ屋ってどこに行っても同じだ、と無念な感に落ちいってしまった。
この1枚の肉に49ドル!? 神戸牛でも松阪肉でもないよね? 彩りに添えられるブロッコリーとかほうれん草のソテーとか、角を丸めたニンジンのグラッセル、ホクホクに仕上げた粉ふき芋はどこ? ほらちょっと気の利いたレストランでステーキ頼むと付いてくるじゃない? え、ブロッコリーが欲しいなら サイドで別にオーダーしろって? 
メニューを見ると、サイドディッシュとしてブロッコリー8ドル、マッシュドポテト7ドル、アスパラガス9ドル。大きさだげが自慢かのように横たわるステーキを見下ろしながら、これって、もし サイドディッシュをオーダーしないと、本当に肉だけを食べている状態だよね、と ちょっと野性的な気分になってきた。

このサイドディッシュ達がまた 怒りを引き起こす。まるで ただスティームしただけのブロッコリーや 茹でただけのようなアスパラガス(しかも あの長さのまま)、大量生産されたであろうマッシュドポテトがそれぞれ、これまた 色気のない皿にてんこ盛りになって運ばれてくる。それらのサイド達は もう洗練された料理と 何マイルもかけは離れている。
食は目から、なんていうけど、日本人からすると、逆に目玉が飛び出る、っていう感じかしら。愛でる目がいらないって感じ? こういうのって 逆にそそられない。Feedされてるって言った方が早いかも。やっぱり ここで文化の違いが表れている、ということなのだろうか。開拓時代の料理が そのまま高級な店内で気取って出されており、アメリカ人の大好物、そして その人気は不滅だ、ということなのだろうか。

この店の50ドルのクーポンを貰って行っておいて この文句の言いようはないだろうけど、まあ普通ならちょっと足すだけで おいしい料理が楽しめるだろうと思って行ったハビーと私。メニュー開いた時にその浅はかさが明らかとなった。「え、ステーキ一枚で もうクーポンが飛ぶわけ?」とメニューに顔を隠しながら目をキョロキョロさせた。
これが不思議なことに、店内が満員なのである。商売繁盛なのである。老若男女みんなステーキが大好きなのである。この値段がちっとも気にならないのである。

大きな切り身で出てきたステーキはあっという間に飽きてしまった。シェフの技や、美の心、繊細で細かい料理への施しはどこにもみられなかった。結局 プラス120ドルの出費に、胸もいっぱい、気持ちもいっぱい、で 残り物を詰めたプラスティックバッグを抱え、店を出た。
この120ドルの、いや170ドルの価値はどこに値するのだろうか。気の利いたプレゼンテーションでないことは確かです。




Kiki

Morton’s the Stakehouse
213 SW Clay St Portland, OR 97201
(503) 248-2100

Posted on 夕焼け新聞 2009年4月号

Saturday, August 6, 2011

おいしい話 No. 24「回転寿司」

回転寿司で一番思い出深いのは、何年ぶりかに日本に帰った時。大阪の大使館でビザをおろしてもらうというのが 大体の目的で、二日ほど大阪のホテルに滞在した。9月だというのにものすごい蒸し暑さで、NWの気候気分で軽いコートなんか着てった私がアホに見えたのは間違いない。関空に降り立つや、軽いコートがずっしーんと、すでにパンパンのスーツケースを引っ張る腕に重くのしかかった。湿気が壁となって私の行く手を塞ぐ。「なんや これぇ!」と大阪人でもないのに 大阪弁が連発で飛び出した。
この蒸し暑さに、すんなりビザがおりるか、という緊張で、気分は低迷気味。次の日に朝早く大使館に出向き、長いこと待たされて、入館した後も、自分の名前が呼び出されるまで、手に汗を掻きながら、はらはらドキドキと待ち時間は続いた。審査官に冷たく却下の宣告を受けた申請者達を何人か見た後は、もう地獄の審判を待っているような気分。「アメリカにあるアタシのアパートどうなるんだろう」なんて心配までし始める始末。
1日中座り続けて やっと自分の順番が来た時は、あっけにとられるくらいあっさりと面接は終わり、問題なくビザが下りた。
大使館を出た私は、緊張から溶けて へろへろな骨抜き状態になりつつも、空腹で喉もカラカラだということに気が付き、近所の商店街を当て所もなく歩いていた。すると、回転寿司屋ののれんが目にとまった。ショーケースに飾られている蝋で作られた見本の寿司がものすごく美味しそうに見えた。ここは ひとつ、お祝いということで ぱーっと寿司でもいこうか、と自分を盛り上げ、そののれんをくぐった。
「-ぇい、-らっしゃいっ!」という勢いのいい声が私の入店を迎えてくれた。席に着いた私は 当然のごとく 中生ジョッキを注文。さっき「1日中」と大袈裟に言っていたが、本当はまだ昼前だった。女一人 昼前からビールをぐびぐびいく姿に一瞬ギョッとした様子の おやじだったが、気を取り直して、私が不自由していないか尋ねてくれた。
回転台をぐるぐる回る寿司は 今やもう回転台をぐるぐる回る寿司ではなかった。そのりっぱなこと! 回転寿司が上等になっている! 回転寿司も知らない間に ここまでなったか、と思った。ほどよい大きさの切り身のネタに、軽く握られたシャリが上品に横たわり、へたな寿司屋に引けをとらない見栄えを放っていた。
好物のイカやハマチ、サバなんかを次々と掴んで頬張っていると、きりりと手拭を頭に巻いたおやじが 回転台の内側で手持ちぶさに突っ立っていることに気が付いた。なるほど、回転寿司屋といえども、回っている物だけしか食べれないわけではない。回ってない物は 頼んで握ってもらえるのだ。
というわけで、おやじを働かせるべく、白身の魚や、ウニ、イクラなど、まだ人入り前で出していない寿司を一つ一つ注文した。
この おやじが握って、回転台ごしに渡される寿司は、シャリがほのかに暖かく、本当においしかった。重い心配事が肩から降りたことと、ビールがまわってきたことと、久しぶりの寿司ということなのか、雲の上の天国にいるような気分だった。
あれから 無事アメリカの自分のアパートにも戻ることができ、様々な年を重ねてきた現在の私であるが、その後も、たまに 一人で回転寿司屋に出かける時がある。たいてい、無償に「寿司」と名の付くものを食べたい、でも貧乏、という状況の時なのだが、機械からこぼれ落ちるシャリにスライスの魚の切り身をちょこんと乗っける、という職人作業を見ないようにすることが鉄則。
そんな中、初めて行ったパールディストリクトにあるマリンポリスで、大阪のあの回転寿司屋を思わす、嬉しい体験をしてきた。閉店間近だったからか、回転台が空き々で、自分の食べたい物が回ってなかったため、メニューから注文をすると、日本人らしき職人さんがささっと握って出してくれた。これが繊細で美味かった。ウニ、焙りサーモン、ホタテと、一品、また一品と、カウンターが回っていることも忘れて、寿司を握ってもらった。そのうち「トロのこんなとこ入ってますけど」なんて、メニューにない物まで登場したりして、私の座るその一角が、普通の寿司屋に化していた。
回ってなくても、回ってる値段。流れている物を食べろと怒られそうだが、これが私のお勧め、回転寿司屋でのおいしい食べ方ということ。



Kiki

Marinpolice Sushi Land Pearl District
135 NW 10th St
Portland, OR 97209
(503) 546-9933



Posted on 夕焼け新聞 2009年3月号

Sunday, July 24, 2011

おいしい話 No. 23「ポットラックの意味」

「ポットラック」っていう言葉を知ったのは、本当にESL時代。Termの終わりにあの厳しかったGrammarの先生Annが、まだ英語がよくわかっていない生徒達をお家に招いてくれた時。ものすごい怖いオーラを出していたAnnなのだが、私は何やら興味を示しており、アメリカ人の先生のお宅拝見という、知らないもの見たさで、他の生徒と共にわくわくした。
そこで 「ポットラック」という新しいボキャブラリーのレッスンが始まった。由来の説明まで受けたかどうかは 忘れたが、とにかく会合に食べ物や飲み物を参加者がそれぞれ持ち寄る、ということ。その言葉の意味は 特別新しい事や珍しい事ではないはずなのに、さすが合理的で、公平さを主張するアメリカ人らしい趣向だと 関心したもんだ。世界各国からやってきたインターナショナルの生徒達が それぞれどんな文化料理を持ってくるか、ていうのが 実のところ狙いだったのかもしれない。本当にインターナショナルの生徒達が律儀に母国料理を作ってきたりしたら、ESLの先生って とってもおいしい職業といえるだろう。
と 言いながら、何を持って行ったらいいのか全くわからないまま当日が来てしまった。食べ物を持ち寄るっていうアイデアはわかるけど、お金と手間を掛けたくない、と思うと どうしても 気の利いた物が浮かんでこない。なんせ初体験なもんで 気も小さくなる。一緒に行く約束をしていたクラスメートの女の子と途中QFCを覗くことにした。スーパーマーケットの中をうろうろしてみれば、何かピンとくるものを見つけることができるかもしれない、ということで。
とりあえず 店内を一周してみたけど、これだ!という物が目に飛び込んでこなかった。美味しそうなものはあるけど、予算にあわなかったり、予算に合わせようとすると見掛けが貧相だったり。会合に集まるメンバーにご馳走を振舞う気もないが、明らかなケチ度が前面に押し出されないように気をつけなければならない、というわけだ。
悩みながら 空っぽの籠を手にスタート地点に舞い戻った時、アメリカサイズのスイカが山のように積み上げられて、赤札をつけてディスプレーされているのが目に付いた。1パウンド 39セント。友達と目を合わせる。表面を触りながらその大きさを実感する。軽く10人は食べさせられる。これか?
6月の半ば、スイカもいい時期だし、果たして何人の人達がアメリカにいて自らスイカなんぞ購入するだろうか。日本人は特に、キャンプやスイカ割りなど夏には欠かせないアイテムとして、子供のころから親しんできているわけだから、今 外国の地にいる彼らはこれを見てどんなに懐かしく思うことか、と他の日本から来たクラスメートを思った。よし、ウケも悪くない。
パンパンとその緑色に照る表面をたたいてみる。いい音だ。当てずっぽうで選らんだスイカを胸に抱えてレジに行く。スイカ用のネット袋なんかないので、底が抜けないよう プラスティックの袋を3重くらいにしてスイカを入れてくれた。その袋を持つ指にプラスティックがぐいぐいと食い込むのを感じながら 店外に出ると、太陽の痛い照りつけが直撃する。
友達に片方の取っ手を持ってもらい、二人でスイカを挟んで坂道を登り、バス停でバスを待ち、地図の説明書を片手に歩き回って、やっと Annの家を見つけるまでは、スイカなんて 自分の交通手段を無視した最悪の選択だったと後悔した。でも、私たちとその間にぶら下がるスイカを招き入れてくれるAnnと先に来ていた生徒達の丸々と見開いた目と共に、興奮の歓声を浴びた時は、「へへへ・・・」という照れ笑いを隠すことはできなかった。
正直、味に関しては あんまり考慮してなかったが、包丁を入れた時、スイカがはちきれんばかりにパリパリっと音を立てて、裂き目が走っていった。これは良い兆候だ。真っ赤に熟れたそのスイカはびっくりするほど甘かった。他の人が用意した品と被ることもなく、ケーキやクッキーなどと違う甘さのスイカは新鮮な喉越しを与えてくれて大人気。
ポットラック。自分の持参品がいつまでもテーブルに残り乾いていくこともなく、皆の手が延びて あれよあれよという間に売れて行くのを見るのが、一番の幸福、ということでしょうか。


Kiki





Posted on 夕焼け新聞 2009年2月号

Sunday, July 17, 2011

おいしい話 No. 22「Love Your Neighborhood」

2008年のクリスマスは 大雪のため どこにも出かけられなかった。クリスマス イブの朝、窓のブラインドを開けると、まだ がっつり積もった雪がすべての景色を真っ白にしたまんまで、「わーい これがホントのホワイトクリスマスだー」とワクワクしたけれど、同時に 「あれ、食料の買出し どうしよう」という不安も沸きあがってきた。

うちに2台ある車は山盛りの雪を被って ここ一週間使用されていない。チェーンはトランクに乗っかったまま。「どこにも出かけられなかった」というよりも、面倒くさがり屋のハビーと私は、チェーンを着けるという「大作業」をしてまで この大雪の中 どこかにドライブしようとは思わなかった、というのが真相。
が、しかし クリスマスだというのに、インスタントラーメンでしのぐのは味気ないではないか。なんとかして食料の買出しには行きたい。最初、某大型マーケットへ行くことを考えた。私のアイデアにノリの悪いハビーが、しぶしぶそこに行くまでのバスのルートを調べた。2本のバスが近くを走るようだが、今日は運行停止になっているという。ものすごい遠回りをするバスやMaxを乗り継いで 何ブロックか歩くルートならあるようだが、想像するだけでクタクタになった。 どうやら うちのNeighborhoodから出られそうになさそうだ。
そこで思いついたのが、歩いて20ブロックほど先にあるローカルのマーケットに行く、ということ。あんまり行くことのないそのマーケットの存在をすっかり忘れていた。うちとそのマーケットを繋ぐAlberta Streetにはバスが1本通っているから うまく行けばそれに飛び乗れる、という設定で、完全防備、リサイクルの買い物バッグを手に出発した。

見慣れたローカルの通りも、こうやって雪を被るとまた景色が違って見え、行き交う人々も この異常気象を楽しんでいるようだった。いつも行列が出来ているカフェやレストランも今日は、真の地元陣だけでゆったりと時間を過ごしているのが窓の外から窺えた。どこにも行けないAlbertaに住む地元人のために この通りの両側に立つビジネスがちゃんとオープンしているだ、と感慨。いやー、助け合いのコミュニティーとは いいもんだ。

そんなわけで 食料の買い物という大事なミッションがあるにもかかわらず、行く先々に誘惑の「オープン」サインが、私達を寄り道へと導く。まずは、炒ったコーヒーの香りと焼きたてのペイストリーの香りに誘われて、フレンチベーカリーに立ち寄った。クリスマスの朝に食べるペーストリーとデザートのパイを買い、試食用に出されたケーキのスライスを摘む。次は お茶好きな義理パパのために何か特別なお茶はないかと、ティーショップに入る。カウンターに立つお兄さんとお茶ッ葉についての語りに熱が入る。こんな雪の寒い日は やはり、暖かい部屋で映画鑑賞でしょう、ということで ビデオ屋に足を進める。3本借りると4本目はタダと言われて、店の隅で円陣を組み、真剣にDVDの選択が行われる。

朝食抜きで ここまで歩いてくるとさすがに腹も減ってきた。マーケットまで無事辿り着くには、腹ごしらえが必要、ということで、ハビーと私の行きつけのバーBinksに立ち寄る。ここのピザを考えると、もう食べないで通り過ぎるということは私達には不可能なのだ。このバーも普段は押し合い、揉み合いの混雑ぶりなのに、今日は近所の徒歩組みだけでリラックスした時間が流れていた。顔見知りのバーテンダー、Marthaが笑顔で迎えてくれる。毎回飽きもせず、同じみのグリークピザを注文。休みの特権だということで、午後1時、まだ果たされていないお使いミッションをビールで乾杯。

別にMarthaにビールを奢って貰ったからというわけではないが、自分のコミュニティーを愛することはいいことだなあ、と Binksを出た後、うまい具合に通りかかったバスに飛び乗りながら しみじみと思った。地元の人々とビジネスとの密着した相互関係がその町を強く暖かいコミュニティーにしていくんだな。そんなわけで マーケットに着く前にもう一軒、地元貢献の名の下に、リカーショップに立ち寄る。やっぱり、美味いウォッカ無しでは、雪に埋もれた長い夜は過ごせないでしょう。

Kiki



Binks
2715 NE Alberta St
Portland, OR 97211
Phone: (503) 493-4430


Posted on 夕焼け新聞 2009年1月号

Sunday, July 3, 2011

おいしい話 No. 21「食通の話」

ポートランドは ユニークで魅力的なレストランが本当に沢山あるところだ。ニューヨークから腕利きのシェフ達がこぞってポートランドにやってきて、新しいレストラン業なるものを打ち立て、クリエイトしていってる、なんて話しも聞いたことあるし、NWの新鮮な鮮魚、ローカルの野菜や肉、土地のキャラクターを主張するワインとビールの揃うポートランドは、シェフやレストランオーナー達の プロミスランドのような街なのではないか、と思ってしまう。
噂のお店をすべて 食べ歩きし、批評をしていきたいところだが、もちろん 自腹ではそんなことしょっちゅうできない。誰かが「おごってくれる」となった時に チャンス到来!とばかりに、胸元にずーっと暖め続けている「行きたい店」リストをこっそり見るのだ。これが あんまり知らない人だと このリストにあるファンシーな店の名を挙げるのに 少々ためらってしまうが、いかにさりげなくスマートに提案するかがカギとなり、この食い意地をあからさまに見せないワザが必要となる。しかし スイートなマイ ハビーが、「よおっし、特別だからディナーに連れていってあげる」なんて言った日には、一番大きくハイライトされたレストランの名前が遠慮なく提案される。
今回私が選んだのは NE にある「DOC」というイタリアンレストラン。ここもポートランドに数あるユニークな店のひとつ。まず、店の規模がとっても小さく、入り口を入るとそこはいきなりキッチンとなっている。右手には二人のシェフが料理に立ち回り、左手にはディッシュワッシャーのお兄さんが皿を洗っている。その真ん中で、「あのー 8時に予約入れてるもんですけど、、、」と 向かってくるサーバーに声をかける。そこから「Follow me!」と案内されるダイニングルームは半歩先。ダイニングにキッチンがあるというのか、キッチンにダイニングがあるというのか、とにかく、客とシェフが一つの部屋をシェアしている状態なのである。唯一奥にある一枚のドアは御トイレ用で、他は隠してるもの一切ナシ、という状態。それでも 白いテーブルクロスや、キャンドルライト、磨かれたグラスに注がれた赤ワインに しっとり流れるジャズと、ロマンチックな雰囲気はうまい具合にしっかりと演出されている。
満席の中、セットされた席は コモンテーブルで他の二つのグループと同席。一瞬二人用テーブルがよいなあ、なんて気持ちになるけど、座ってしまえば 何気に気にならない。人見知りをしないハビーが いつものごとく「それはナンですか?」と隣のご夫人に指を刺しながら聞くのもしょうがないと思える。しかしまあ、こんなロケーションの穴倉のようなところに よく人が集まってくるもんだ、と関心する。雑誌の紹介や口コミの影響力の強さは本当にあなどれないが、美味い店があると聞きつければ郊外の端まで駆けつける ポートランド人の根性はそうとうなものだ。レストラン側もクリエイティブ部門に力が入るというもんだ。
口コミの影響力といえば、そこに大きく加担しているのが うちのハビー。人にあそこの店はどうだ、とか ここの店はどうだ、とか語るのが大好き。そして、本人、他人からも簡単に影響される。「いやー 実によかったよ、あの店」なんて情報を得ようものなら すぐさま行きたくてうずうずする性質。
今夜も 同コモンテーブルに同席したカップルを相手に ハビーの強力な「お勧めレストラン」のトークが始まった。このカップルの男性も食好きを表していたが、ハビーが並べるレストランの名前に目を大きく見開いて聞き入っていた。行った事のある店から 行った事はないが良いらしいと聞いた店まで、相当なグルメ人を演じていた。この男性、「若いのにこいつは何者だ?」と思ったかもしれないが、妻の私も、年に1,2回こんなお値段のいい店に来れればいいくらいの経済状況で、よくもまあ その通ぶりが出せるもんだと、目がパチクリ。バックマージンが入るわけでもないのに、歩くConciergeとなり 人々にお勧めレストランを紹介することに情熱を抱くマイ ハビー。
私の行きたい店リストに入っていた「DOC」が、彼の必ず紹介したい店リストに移ったことは間違いない。こういう「知る人ぞ 知る」タイプの店は特に二重丸が入る。五つのコースからなる “Tasting Menu”に それぞれの料理に合わせた”half-poured wine” が私たちの選んだディナー。そして これが、ハビーの当店一押しメニューになることは間違いない。


Kiki




DOC restaurant.
5519 NE 30th avenue.
Portland, Oregon.
503-946-8592.

Posted on 夕焼け新聞 2008年12月号