Tuesday, November 22, 2011

おいしい話 No. 37「ある一定の年齢に達すると、、、」

ある一定の年齢に達してしまうと、いろんな意味で 野心が失せて行くものだなあと、ある一定の年齢に達してしまった私は思う。美しさを追求するあまり トリートメントにパックにマッサージと1時間風呂を重ねる毎日。殿方に好まれたいと化粧に30分、ブローに30分、洋服選びに1時間かけていたあのエネルギーにあふれていた若き頃。脱いだらスゴイのイメージを頭に、高いスポーツクラブの会員になり、週に3回のジム通いを欠かさなかった闘魂の日々。
私の中での「野心」というのは まあ モテタイということに直結していたわけだけど、近頃の私は、10分のクイックシャワーに、5分のダッシュメークに、濡れた髪は自然乾燥の毎日。下腹の肉を掴みながら、これはどこからやってきたのだろうと他人事のように疑問に思い、吸引で脂肪を取るのはいくらかかるのだろうかと、安易な道を思案している。
まったく 野心のボルテージはゼロ地点まで下がってしまっているわけだ。
いったいナゼ。
「ハニー、またバスタブの排水溝が君の髪の毛で詰まっているよ!!」とハビーの怒り声が風呂場から飛んでくる。そうだ、このぬるま湯のように心地よい既婚生活が、私から緊張感を取り去っているわけだ。スイートなハビーに大切に守られている、婚活というものをもう2度としなくていい、という安泰感が、精神のゆるみ、身体のゆるみに繋がっているようだ。
でも ここからどうやって 若い頃のような緊張感のある生活に戻すことができるのかしら。こんなに優しいハビーがいるのに、外に向かって モテタイ野心を掻き立てるのもおかしな話だし、第一、世間の男たちは 既婚者と解ると 後ずさりし、そそくさと会話を終了に持っていこうとするではないか。プラス、ある一定の年齢に達すると、どんなにごまかそうとがんばっても、ごまかしきれない現実が、シワの間から滲みでてくるものなのだ。
結果、パジャマのままのカウチポテトなわけである。

そんなある日、気分を変えるに限る!と、とうとう重い腰をあげ、パジャマから 久しぶりに丹念に選んだ服に着替え、女友達と夜の街へと繰り出した。
年齢を聞かれても「二十、、、才!」と堂々と答えれた独身の頃は、バーで自分の財布を取り出す必要など全くなかった(という記憶)。今では 友達も私も年齢を聞かれると聞こえない振りをしたり、見た目と苦しいギャップが出ないところで年齢をごまかしたりする事を、全くに自然に行うようになった。それでも、私の薬指に 人の目を突き刺すように光る100キャラットの指輪(本人検証)を見ると、バーに群がるハンター達も 3メートル以内に近寄ってくる事はない。
ということで女友達と、もちろん二人きり、あるバーのテーブルで ひたすらしゃべる事に集中していた。会話にポーズが入るのはワインをすすっている時だけで、アルコールが補給されると、さらに勢いがつき、誰も間に割り込めない状態だった。
そこにウエイターが、突然、躊躇なく割り込んできた。「あの、あちらのカウンターの男性が、お嬢様方に何か御飲み物を買われたいとおっしゃっているのですが。」私たちのBullet Trainに急ブレーキがかかった。疑いの目でそのウエイターを見上げる私たち。頭が一生懸命、何が起こっているのか理解しようと奮闘している。ぽかんと口を開けたまま返事をしない私たちに ウエイターが再度、ゆっくり丁寧に同じセリフを言って聞かせた。
「あちらの方」と示された方に体を傾け、目を細めてその紳士を探す。微笑を浮かべ、軽く指先だけで合図を送ってくる 頭の禿げた50過ぎの男がいた。友達としばし顔を見合わせる。「それじゃあ 同じワインを頂くわ」と注文し、私達の会話は再起動された。
今度は 痺れを切らしたその男が自ら、私達の会話を中断しに来た! 薬指のサインもノープロレム。すっかり私達の席に居を構え、自分がどんなにサクセスフルかをアピールし始めた。友達が私の視線をその男の手に促す。さっき取ったであろう指輪の後がくっきりと薬指に残っていた。この男、秘めた目的を水面下に、しゃべりの「技」をフル使用。次のお酒も奢ると言って聞かない。遠慮なく、一番高いシャンパンを注文してみた。
ある一定の年齢に達すると、こういう状況を冷静に捉え、頂けるものは しっかり頂いて、上手にお暇することができるようになる。

家に帰るや否や、即座にパジャマに着替え、コメディショーを見ているハビーの横にぴたりと寄り添う。やっぱり、ある一定の年齢に達すると、これくらいの湯加減が、一番健康的である、という結論を出した。


Kiki



Posted on 夕焼け新聞 2010年4月号

Sunday, November 20, 2011

おいしい話 No. 36「女一人、バーにて。」

私もポートランドに暮らし始めて もう数年が経ち、お金が有る無しにかかわらず、様々なレストランやバーに出没して、行った事ない場所なんかない、かのようだけれど、やっぱり まだまだ甘ちゃんのようだ。毎日新しい店がオープンしているんじゃないかと思われるこの街の レストラン、バーの多さには 全く追いつけていない。
その大半の「行ったことのないレストラン、バー」というのが ホテル内で営業している店たち、ということに最近気が付いた。ホテルには大概 しゃれたバーや レストランがあるものだけど、いつも選択肢に入ってこない。なぜいつも「忘れて」しまうのだろう。
ひとつの理由はたぶん 7、8年前、最後に日本に帰った時に泊まったホテルのラウンジで カクテル1杯に1500円取られたことが、トラウマ的ダメージを私に脳に与えているのだと思う。ホテルのバー イコール 高い、という理由で自動消去されているようだ。
でも、最近 私の中で、レストランはさておき、ホテルのバーを見直そうブームが起きている。
ホテルのレストランの 高くて気取っているだけで、料理はまずい、という偏見はしっかり健在しており、それを覆す経験はまだしていないので、今だ評価の格上げはない。しかし、ここポートランドでは、どこで飲んでも基本的にバーのビール、ワイン、カクテルの味や値段に さほど変わりがないので、他の要素が評価の重要ポイントになるのだ。
ホテルは 旅のお客さんをもてなすために、落ち着いた、寛ぎのある雰囲気をコンセプトに造られているので、バーエリアも ゆったりとした空間を基本に壁の色調や 照明がデザインされている。そして 一回ズバっと座ってしまうと 旅で疲れた体をすっかり癒してくれる あのクッションの効いた贅沢なカウチたち。旅で秒刻みに走り回る客達も、バーエリアに入ると 時計がゆっくり回っているように感じられる。同じ場所を共有する他の客人たちも、騒がしいガキんちょ達でなく、場所をわきまえたアダルトな方々ばかり。カクテルサーバーたちも やんややんやと煩く、5分毎にやってきたりしない。ちゃんと時を計らって、ほっといてくれるのだ。
そして なんといってもホテルのバーのご賞味は、一人で何の引け目もなく飲めることだ。私ぐらいの大人な女になると 一人で行く 行きつけのバーのひとやふたつ持っていたいものだ。普通の飲み屋だと「寂しい女」「孤独な女」に映るところが、ホテルのバーだと違う。いや、日本のホテルのバーは情事の密会の場所というイメージがあるが(テレビの見すぎ?)、外国のホテルのバーだと、一人で飲んでいても、「タフな商談を取りまとめ、はーっと 一息つきに来たデキル女」だったり、「遅いフライトまで時間があるから その時間を使って仕事から暫し自分に戻っているデキル女」に映るわけだ。例え寂しい一人旅をしている女に見えても、「傷心」でありながら「燐」とした姿に見えるから 決してDesperateではないわけだ(これも かなりテレビの見すぎ?)。
ま、結論から言うと ホテルのバーはこういう妄想劇をかきたててくれて、一人でバーで飲んでいるという状況を 自分の中で 正当化できるわけ。これは場末のTavernじゃ無理な心理作業なのよ。
そんなわけで、近頃の私は Riverplace Hotelのバー、Three DegreesでWillamette Riverを窓越しに見つめながら、「商談で来たポートランド。ここに住んでいる友人と約束しているDinnerの時間まで、シャドネーを片手に、寛ぎながらも、今日の仕事を振り返っているデキル女」になっていたり、Hotel deLuxeのバー、The Driftwood roomで、マティーニのグラスを傾けながら、「今日が最後のビジネストリップ。部屋に上がる前に、バーテンダーと談話を楽しみにきたデキル女」になったりしている。
実際、現実として 私がどう世間様に移っているかは 不明であるが、ま、それはあえて気にせず、一人でバーに行ってみたい、でもちょっとその勇気がなーい、という女性にはホテルのバーがお勧めです。私のように 自分の妄想劇のテーマを持って行くことは あくまでも補足ですが、適用される場合は それに合わせて ワードローブを決めるのも楽しいでしょう。でも 間違っても、ホテル側に勘違いされて 追い出されるようなカッコウはしないように。

Kiki


Riverplace Hotel
1510 Southwest Harbor Way
Portland, OR 97201

Hotel deLuxe
729 SW 15th Ave.
Portland, OR 97205


Posted on 夕焼け新聞 2010年3月号

Sunday, November 6, 2011

おいしい話 No. 35「キーワードはコミュニティー」

先日、1月16日に行われた、Yuuyake Shimbun主催の「コミュニティー新年会」に行ってきた。2010年の新年会ということで、集まった人たちが一緒に映画を見て楽しむ、という趣向。なにやら入場料はタダ、スナックや飲み物もタダというわけで、普段 腰の非常に重い私も、簡単にお誘いにノッてしまった。

会場は 宇和島屋の近くにあるKyokushin Karate Dojo。お隣でIto Clinicを開業している伊藤さんが、この道場で空手を教えているとか。練習を終えたばかりなのか、胴着を着たちびっ子達が 他のちびっ子達と交って走りまわっている。親御さんたちや Yuuyake Shimbunの広告を見て集まった人達が 賑やかに交流をしている中に 私も飛び入りでおじゃました。

今夜のメインイベントは 映画鑑賞。あの有名な宮崎駿監督の「ハウルの動く城」が上映される。子供の頃は 世界名作劇場(元カルピスこども劇場)の「赤毛のアン」「アルプスの少女ハイジ」「フランダースの犬」などお馴染みのアニメを毎日くらいつくように見ていたのに、大人になってからは あまり興味を持たなくなってしまった。映画館に足を踏み入れることもなく、DVDを自ら借りることもなく、アニメから すっかり遠のいていたので、こういう機会はとても新鮮に思えた。

上映前に 歓談している参加者を中央に集め、伊藤さんから コミュニティー代表としてのスピーチがあった。地域で活躍しているビジネスがスポンサーとなり、こういう企画を考案、実行し、地域の人々の交流、絆をどんどん深めて行きたい、というのが本来の目的とおっしゃる。そういう希望に溢れる意志に、私はちょっと驚いた。日本に居たって 地域の交流を、なんて言ってる所は少ないのに。ましてや 個人主義のここアメリカにバラバラに住んでいる日本人の間で、そういう意識を強く持って 実際に行動を起こしているなんて。

プロジェクターの光が 道場の白い壁に映し出された。いよいよ上映が始まるようだ。興奮したちびっ子達に混じって私も スクリーンの前に陣取る。そして 茶色い紙袋に入ったスナックが参加者全員に配られた。「あら わたくしにも頂けるなんて?」と 大人ぶってみたものの、一旦その紙袋を手にすると、子供の頃に感じた「嬉しい」気持ちがグッと沸いて来て、にんまり笑いを抑えることは出来なかった。

部屋の電気が落とされ、いよいよ映画が始まった。待っていられない子供達がさっそく袋をガザゴソと開けて ボリボリとスナックをかじる音が響く。私も暗闇をいいことに こっそり自分の袋を開いて 中身を確かめる。おせんべいに「うまい棒」に「チュッパチャップス」(知ってます??)、そして小分けにジップロックに入れられた「かっぱえびせん」などバラエティーにとんだお菓子が入っていた。それを見て私は更にグググッときてしまった。なんて子供心をくすぐるおやつ袋なんだろう! 大人のはずの私も すっかりくすぐられてしまった。
マットレスで敷き詰めれられた道場の床に体育座りし、スクリーンのアニメを食い入るように見ながらも、お菓子を口に持っていく手は休まない。私は自分の子供時代にタイムスリップしたような気がした。
私の子供のころは 近所に公民館があり、地域の交流の場としてよく利用されていた。新年会、節分、ひな祭りに、子供の日、七夕祭りに、お月見、そしてクリスマス会と、地区会の会長を筆頭に親達が計画を立て、年中行事がそこで行われていた。それらの行事を通して、小学校のクラスで会わない同地区の友達と遊べたり、PTAとは違う親達の交流が深められる機会となった。ゲームをしたり、歌を歌ったり、演劇をしたり、もちろんおやつもしっかり与えられて、本当に楽しくって みんなが仲良かった思い出。そういうものを この道場から本格的に作り上げていこうとしているんだな、と思った。

「ハウルのナントカ」っていうのは 聞いたことあったけど、私には ああいう宮崎駿の独特でストレンジな世界にはついていけない、と思っていたら なんと、映画の終わりで からっぽのお菓子の袋を握り締め、感動してぽーっとしている自分がいた。戦争も争いもダメ。世界人類仲良く暮らさなければ。小さい事からコツコツと。自分が居るコミュニティーから作り上げて行く事が大事なのです!
悟ったように大きな気分になって帰って来た私。興奮してハビーに話すと、「Haul’s Moving Castleだろ?もちろん 観てるさ。あったりまえだろ。あんなCoolな映画、君は今まで観た事なかったワケ???」と見下げるように言われた。「コミュニティー新年会」、参加してよかったです、、、。

Kiki


Posted on 夕焼け新聞 2010年2月号

Saturday, October 29, 2011

おいしい話 No. 34「移動ピザ釜」

ポートランドはユニークな人やお店が多い街だなあと、いつも思う。人々の個性が強く、誰が何と言おうとも、どういう評価をしようとも、自分が信じたことを貫き通す、という特徴があるように思う。世間体とか、こうあるべき、という型を無視した、はっきり言って、もろ自由人の集まり。そして、自分たちのやってる事やアイデアは クールでイケている、という確固たる自信。
その不動の自信はどこから来るのだろう、、、。こちらが、明らかに「?」と思うような事でも、あちらさんの自信満々のトークとアクションに、こっちまで呑まれてしまうから不思議だ。

12月ともなると、町内のあちこちにクリスマスツリー屋さんが 空き地などに店を広げ始める。うちの二件先の空き地も、ある日クリスマスツリー屋さんと化して商売を始めていた。毎年ツリーを買って飾ってきたけど、今年はいいかなあ、なんて思ってたところに、引きずって帰れる距離にツリー屋さんができたもんだから、また今年もツリーを飾ろうか、という気になってきた。
日もすっかり落ちたある夕方、ハビーと二人でツリーの買い物に繰り出した。金網のフェンスで囲まれた小さな空き地内に、沢山のツリーがところ狭しと並べられ、色とりどりのクリスマスライトが、辺り一面、煩いくらいチカチカと飾れられていた。
ここは 一般の短期ツリー屋さんには見られない ちょっと変わった商いを広げていた。入り口を入ったところに 煌々とした照明付きのガラスのショーケースが置かれ、ガラス細工の何かが並べられていた。ナンだろうこの鮮やかな色の丸い物達は、と覗き込むハビーと私。
「ハロー ガイズ!それは地元のアーティストが作ったガラスのクリスマスオーナメントだよ!」と元気な声が横から聞こえた。声のする方に体を起こして目をやると、パーカーにジーンズ姿のお兄ちゃんが、バックグラウンドに流れるロックに乗りながら、大きな台の上で何かをこねていた。
この大きな台とは、貨物トラックの平らな荷台のような物で、タイヤが付いており、その上にはミニチュア版鎌倉のような、穴の開いた、こん盛りとしたものが乗っていた。ただそれは、雪ではなく土で作られており、中にはゴウゴウと火が燃えていた。
「ピザだ!!」とハビーが狂喜を発する。パーカーのお兄ちゃんがニンマリ笑顔で答える。私は「出た」、と 心の中で一声をあげる。

並べられたツリーの間を縫い、品定めをしている私の後を小走りに追いながら、ハビーが耳打ちをしてくる。「いやー、あのピザはなかなかおいしそうだよ。どうだい、ひとつ今夜はピザをディナーにするってのは。」
そこにツリーの向こうから お兄ちゃんの声が。「ツリーは20ドル。でも 値段交渉、大いに受けるよ!」
それなら、ということで、値切り担当の私は、選んだツリーを掴んで、「ピザも買うし、ツリーも小さいから、15ドルにして」と頼む。ロックにノリノリのお兄ちゃんは、あっさりOKを出す。しまった、10ドルと言えばよかった、と舌打ちする私。背後から、ハビーが嬉しそうに顔を出す。
さて、どんなピザが好きかい?と聞いてきたが、メニューがない。どんなピザがあるのかい?と聞き返すと、なんでもできるよ、ベジタブルでもミートでも!と返ってくる。「何が好きかい?」「ベジタブルもミートも好きなんだけど、、、。」「オッケー、君たちが好きなのが完璧にわかった。僕に任せて!」と言って、ピザの生地をこね始めた。
どういうこと?と思っている私の横で、ハビーは興奮気味。楽しみでしょうがない、という風だ。
一見怪しいが、ようく見ると、ピザ生地や釜、ピザを出し入れするシャベルみたいなヘラも本格的だし、出来たピザを取り出して切るまな板もマーブルだったりする。手作りのソースも釜に入れた後、甘く香ばしい匂いを放ち始めた。

12月25日が過ぎた後、このお兄ちゃんはどうするのだろう。この空き地で、ツリーをとっぱらった後も、ピザ屋として商売を続けるのだろうか。それとも新たな地を求めて、この釜を引っ張って旅にでるのだろうか。

降り始めた雨のせいか、電気がショートを起こし、突然回りの華やかだったライトが消え、ロックの音楽も止まった。私たちのピザが入った釜だけが、オレンジ色の火を上げて 暗闇に浮き上がった。
お兄ちゃんは 焦りもせず、ま、こんな事もあるもんさ、という態度で直し始めた。私にはありえない人生観とイディオロジーを持った人達。そんな人達が、ポートランドには溢れているように思われる。

Kiki



Posted on 夕焼け新聞 2010年1月号

Sunday, October 23, 2011

おいしい話 No. 33「カオソイを尋ねて三千里」

人間というのは 自分の欲求を満たすために 果てしない努力をするものだ。人々はキャリアで成功して裕福な生活ができるようにと、日夜働きまくる。スポーツ選手は優勝のメダルを手にいれるために、永遠とも思われる練習に励む。幼い頃に母を失くしたマルコは、その母と再会を果たすまで、諦めることなく 苦難の旅を続ける。うちのハビーのカオソイ探しも、似たようなもんである。

真のカオソイをアメリカで見つけるまで、彼のそれを追い求める過酷な旅は終わらない。
タイ滞在中に、生涯に食べたことのないある料理に出会ったハビーは、帰国してからも、もう一度その一品に出会うために、なんとか本物に近い味をここアメリカで見つけるために、その探求の旅を始めた。
ハビーと出会った頃、幻のタイ料理の話してくれた。ヌードルスープなのだけど、普通のヌードルスープじゃない。カレーの味がするけれども、タイカレーでもないし、カレーうどんでもない。揚げた麺がのっかっているけど、もちろん 九州名物皿うどんでもない、と。私には その一品の想像がつかなかった。
アメリカではカオソイKhao SoiはPad Thai NoodleやGreen curryのように普及しておらず、タイレストランで見つけることはほとんど皆無だ、と当時のハビーは嘆く。通常Pad Thai NoodleとGreen curryしか頼まなかった私は、彼の悲痛な嘆きが全く伝わってこなかった。

そんな中、シアトルのBroadwayにある「Noodle Studio」(現在閉業)でカオソイがメニューにあるのを見つけた。アメリカで初めて見つけた!! そして、やっと私に伝説のその一品を見せることができる!ということで大興奮のハビー。運ばれてきた器に、こんもりと盛られた揚げヌードルを見てニンマリ。その喜び様は ヨダレが口の端から飛び出しそうな勢いだった。
箸をカレー色したスープにつっこんで掻き混ぜると中から卵麺が姿を現した。ズズズとスープをすすった後、ちょっと口をへの字に曲げながらうなずく。ズズズと麺をすすった後も またちょっと口をへの字に曲げてうなずく。「Yeah, it’s okey。 yeah, it’s okey。」を繰り返すハビー。私も片方の眉を吊り上げながら、味見の手を延ばす。なんとも説明できない味がした。
アメリカでカオソイを見つけることができたのは非常にナイスではあるが、何かが「Not quite right」だったようだ。
同じくBroadwayにあるRom Mai Thaiは、シアトルに住んでいた時の私のお気に入りのタイレストラン。アメリカでの カオソイとの初めての出会いに不完全燃焼なハビーは メニューに載っていないが、そこで働いているタイのお兄ちゃんに聞いてみた。すると、「もちろん知ってますよ。あなたのために特別に作ってあげましょう!」と軽快な調子でオーダーを取ってくれた。大喜びのハビーだったが、彼の情熱とは裏腹に、私はやっぱり その料理と味に強い印象は受けなかった。したがって、一緒になって追いかけ続ける思いなど生まれてこなかった。

ポートランドに移ってきて、暫くたったある日、パーフェクトなカオソイを見つけた!とハビーが大騒ぎで家に帰ってきた。DivisionにあるPok Pokがタイで食べたのと非常に近いカオソイを作るというのである。もうその頃には、カオソイと鼻息荒く語られても何のことを言っているのか、忘れていた私。
しかし、一度Pok Pokのカオソイを食してからは、まるでそのヌードルスープに初めて出会ったかのごとく、一揆に恋に落ちてしまった。そして ハビーの三千里の旅の後についていくようになってしまった。
Pearl districtのPeem Kaewのカオソイのスープはかなりいい味を出していたが、Pok Pokのように鶏肉を骨ごと煮込んだような深さが足りない。AlbertaのOne Thaiはスープが足りなく、麺が卵麺ではない。揚げ麺が多すぎてもダメだし、スープが少なすぎてもだめ。鶏肉は骨ごと時間をかけてスープと一緒に煮込まれてないとだめだし、カレー風味が強すぎてもだめ。
完璧への厳しい探求は続く。
同じくAlbertaのThai Noonはよく行くのに見かけたことがないと思ったら、オフメニューで注文があれば作るとか。高くて近寄らなかったSaim Societyもその一品をメニューに乗せていることを確認。BeavertonにあるRama Thaiの評判は高く、驚いたことにダウンタウンのSauseboxでも見つけることができる。
現在の時点で、Pok Pokが彼の言う本物の味に一番近いものを出しているとか。それでも「Not quite right」な評価を下す彼の旅は、果てしなく続いていく。

Kiki




Posted on 夕焼け新聞 2009年12月号

Thursday, October 20, 2011

おいしい話 No. 32「魔法の煮込みハンバーグ」

昔一緒に住んでいたルームメートが時々作っていた煮込みハンバーグが 突然、無償に食べたくなった。彼女のハンバーグは、1個でお腹いっぱいになるジャイアントサイズで、何をどうやっているのか 私が過去に作ったハンバーグより柔らかく、お箸で割ると 肉汁がじゅわーっと出てくる。そうとう煮込んでいるとみられるデミグラスソースのような洋風ソースは、こってりまろやか、ご飯が進む進む。
当時、彼女が台所に立って、この煮込みハンバーグに取り掛かっている時は、ろくに注意も払わず、カウンターの端にひじを乗せ、ワインを飲みながらボーイフレンドの話やゴシップを捲くし立てていたもんだから、作り方なんぞ 知る由もなかった。
アメリカにはデミグラスソースの缶が売られていない、とか ココアパウダーが隠し味なのだよ、驚きじゃない?とか 言っていたが、出来上がりを待つのみの私は ふ~ん、と相槌をうちながら、右から左だった。
彼女が遠い街に引越ししてしまった今、XXちゃんの煮込みハンバーグが食べたいなあ、なんて甘えても 作ってもらうことはできない。この収まるところのない欲求を満たすには、自分で取り掛かるしかない。ということで 彼女に緊急メールを発信した。
求む:煮込みハンバーグのレシピ。

翌日、彼女から 返信メールでレシピが送られてきた。こっそりそれを会社のプリンターで印刷し、仕事の帰りにマーケットに直行した。まずは ハンバーグの材料から、と ショッピングカートを押して 精肉コーナーに。分量を確認するために 例のコピーをかばんから取り出して開いた。「ハンバーグの材料:牛&豚 挽肉、玉葱、にんじん(お好み)、ニンニク(お好み)、卵、パン粉、牛乳。」分量が書かれていない。「煮込みソースの材料:ケチャップ、中濃ソース、赤ワイン、デミグラスソース(なかったら無糖ココアパウダー)、マヨネーズ、水、トマトピューレ、チキンブイヨン、塩コショウ。」ここにも分量は一切書かれていない。紙を握る手のひらに ジワリと汗がにじみ出た。
とにかく、大量に作ってお弁当用に保存するつもりでいるから、挽肉は大目に買っておこう、と判断し、牛と豚を合わせて2LB包んでもらう。だいたいの材料は家にあるけど トマトピューレがない。トマトソースのコーナーに行くと、「トマトペースト」はあるが「トマトピューレ」が見あたらない。「ペースト」と「ピューレ」の違いはなんなんだろう。しばらく悩んだが、「同じようなもんだ」という結論を出し、カートに入れる。「中濃ソース」ってどういう意味だろう。それって「とんかつソース」と同じようなもんだろうか。とんかつソースなら家にあるんだけど。ということで、これも代用決定。

家に帰って エプロンを掛け、材料を並べ、まずはハンバーグから、と例のコピーをまた取り出した。「普通のハンバーグの作り方と最初は同じ。作ったら、、、」と、彼女の作り方手順はそこから始まっていた。

ハンバーグってどうやって作るんだったっけ、、、。

一瞬硬直した私の体から手が伸び、電話を掴む。「あのさあ、みじん切りにした玉葱って炒めるんだったけ?」「う~ん、たぶん炒めると思う。私は面倒くさい時はそのまま入れちゃうけどね。」「パン粉ってどのくらい入れるの?」「う~ん、適当かな。」「煮込みの調味料はどのくらい入れるの?」「う~ん、それも適当かな。味を見ながらちょっとつづ入れていくと わかるよ、自分で。」
彼女の作り方手順は、ケチャップとソースは半カップぐらいかな、とかココアパウダーは2、3杯か もうちょっと、とか、ブイヨンは2個ぐらい、とか、アバウトな目安で最後まで通されていた。
「30分くらい煮込んだ後に、バターと小麦粉で炒めた玉葱とマッシュルームのスライスを追加して更に30分煮込む。」そして、「多分、こんな感じ。」と締めくくられていた。料理の経験があり、想像力豊かな人しか作れないようなレシピだ。私の唯一の頼みは、彼女の煮込みハンバーグを愛した我が舌のみ。あの味にむけて味見をしながら教えられた調味料を鍋に投げ込んでいく。

1時間後、2日くらい煮込んだのではと思われるような こってりソースの柔らかい煮込みハンバーグができあがった。あんなに適当に作ったとは思えない出来ばえに大感激。なんて大雑把で、簡単で、見た目が豪華な煮込みハンバーグなんだろう。そうかあ、だから彼女も 一緒になってワインを飲み、私のゴシップに大いに同調しながらも、余裕でこの料理ができたわけね。


Kiki



Posted on 夕焼け新聞 2009年11月号

Sunday, October 9, 2011

おいしい話 No. 31「結婚と恋愛」

昔 もう何年も嫁に行ける機会も、暖かく心の広いオファーもなく、行き送れのレッテルを貼られ、自分は欠陥商品だと思っていた独身の頃、ありえないようなドラマチックな恋愛物語をよく夢想していた。障害に直面したり、トラブルに巻き込まれたりしながらも、最後には男前のお兄さんが現れ、そこからサラリと救い出してくれる。そして、当たり前のように恋愛が始まり、とんとん拍子に結婚に雪崩れ込む。
そんな夢を追いながらも、同時に、結婚したら恋愛はそこで終わる、とも思っていた。よく恋愛と結婚は別、なんて気取ったコメントをファッション雑誌なんかで見かけたりしたが、実は真実なんじゃないかと、冷静ながらも 半分脅されているような感覚で思っていた。
つきあっているボーイフレンドの話しをして盛り上がる独身女友達のことを羨ましいなあ、と思ったのは、たいがいその子が結婚式をあげて新婚旅行から帰ってくるまで。というのもボーイフレンドの話をする独身女の盛り上がり方は、勢いがあり、テンション高く、終わりがない。喧嘩をしただのなんだのと文句を言いながらも、イベントのプランは欠かさない。
しかし、あんなに恋愛に精を尽くし、盛り上がっていた女友達が、結婚という札を手にし、ハネムーンという壁をタッチして戻ってくると、テレビの前に横たわり、腹を掻きながら微動だにしない。ロマンチックで素敵だった王子様は、「うちの亭主」呼ばわりで、結婚前には聞くことのなかった欠点が延々と披露される。
こんなに独身人生が長いと、こういう現象を周りでみる回数も必然的に増え、早く独身おサラバしたいところだが、果たしてそれでいいのだろうか、という不安も間違いなく植えつけられた。結婚がゴールではない、という名言を吐いた人がいるが、実はゴールなのでは、と密かに思ったものだ。

そんな私もついにハビーと出会い、本当に100年待った気分で彼の白いタイツにしがみ付いた。あの手、この手を使いながら、やっと「めでたし、めでたし」で、本を閉じるところまできた。
さて、ここから、「ずーっと 幸せにくらしたそうな」というのを実現するにはどうしたらいいのだろう。
マリッジライセンスにサインをしてから早数年経つが、別ものとされている結婚と恋愛をブレンドするのには、かなりの努力が必要だ。ゴールのはずが、休んでいられない。継続は力なり、そして 愛なり!
私が思うに、夫婦で食事を一緒に取ることが、ひとつの秘訣じゃないかと。人間が生きるために、欠くことのできないのが食事であり、美味しいものを食べると至福の時を感じる。そして恋愛中のデートには、必ず、このひと時がプランに入っているではないか。

先日ハビーと仕事の後、待ち合わせをしてバーで一杯飲んだ後、チャイナタウンにあるPingという居酒屋風アジア料理の店に行った。ちょっとタイ料理の傾向がありながら、串焼きなんかもあり、ガラクタ屋から収集してきたような昭和レトロのオブジェやポスターなど、懐かしい感じのお店だ。おしゃれなんだけど、高架下のイメージで、最近の私のお気に入りである。
私のお気に入りということは、もちろん皆のお気に入りということで、木曜日の夕方とは言え、満員御礼がでていた。開いている席がないと言われ、口を尖らせながら恨めしげに店内を見渡すと、友人カップルが窓側の席に座っているのが目に入った。
すかさず駆けつけ、どうしてるんだ、と尋ねたら、ダウンタウンで働いている彼女が引けるころに、ビーバートンで仕事を終えた彼が、バスに乗ってにやって来て、一緒にご飯を食べに来た、というではないか。以前私が、Pingに来たら絶対飲むようにと、熱く語って勧めた芋焼酎のグラスが二人の手にあった。結婚8年目のこの夫婦、私に希望を与えてくれた。第一に 明らかに会話があり、新しい物に興味がある。そして 美味しいものを食べるという至福の時を喜んで分かち合っている。
ゴールだとか、別ものとか、そこに区切りや境をつけようとせず、出会った頃から継続していくもの、という捕らえ方をしたら、時間や食事をシェアしていきたいという気持ちも変わらず在り続けるのではないかな。花火のような盛り上がりの熱は下がったとしても、床暖房のように、変わらず、心地よい暖かさのある恋愛が、結婚の中に生存するはず。
結論:釣った魚と一緒に餌を食べるべし。

Kiki


Ping
102 NW 4th Ave.
Portland, OR 97209


Posted on 夕焼け新聞 2009年10月号