Tuesday, September 27, 2011

おいしい話 No. 30「ラブレター」

結婚して数年経ってもラブラブカップルのハビーと私は、毎日顔をつき合わせている今でも、Emailのやり取りをよくする。お互いの職場から 仕事が引けてからの予定を報告したり、借りているDVDを今日こそは見ようねと話したり、今夜はヨガに行くかと相談したり、切らした醤油と味噌を買ってきてねと頼んだり。
決して、ここだけで夫婦の会話を保っているわけでもなく、この機械文明が発達した世の中、携帯電話を持っていないハビーと Weekdayの昼間、唯一連絡が取れるのがEmailだから、という訳でもない。これは あくまでも電信恋文なのである。例え 亭主をちょいと使いに出させるような内容であっても。

一見 連絡事項に見える一行、二行のちょっとした文章に、「I love you a lot!」などを「敬具」の変わり入れるだけで、お願いも可愛らしくなり、読んでる相手に笑みを与えるわけだ。もちろんデートの誘いも電信恋文で 伺いをたてられると、ロマンチック度はさらに高まる。
「ハニー、今週の木曜日は仕事の後予定はあるのかい?前から話してたLe Pigeonに夕食を食べにいくっていうのはどうかな?」
こんなメールが飛び込んでくると、普段は「あー言えばこー言う」型亭主も突然愛くるしくなる。
そしてチャーミングな妻は、「ダーリン、それはワンダフルなアイデアだわ!」と興奮気味で返事を出し、「あなたがご馳走してくれるなんて!」という愛嬌も忘れない。例えその後ハビーからのメールが返ってこなくとも、ちゃんとデートの約束が成立したとみなされる。手紙って素敵。
数年前から 高い評判を聞いていて、いつかは行ってみたいね、と話していたLe Pigeonについに出かける日が来た。日本に居る時はフレンチ好きで、ボーナスが入ると必ず食べに行ってたが、アメリカに来てからは 結婚記念日にシアトルにあるRover’sというフレンチレストランに行ったきり。私のテンションは高まる。
私はフレンチレストランというと、エレガントで上品で、静かな雰囲気の店内を想像する。今夜は久しぶりにしっとりとロマンチックなデートになりそうだ。ここは一つ奢ってくれることになっているハビーに、おだての一つでも言ってやろうか、なんて思っていた。が、Le Pigeonはその期待感を見事に裏切ってくれた。

エントランスのドアを開けて一歩踏み入れると、まず驚いたのがその賑やかさ。小さな店内はタパス的なカジュアルさがあり、シアトルにあるHarvest Vineというスパニッシュレストランを思い出させた。たぶん 流行りなのだろう、ここにも大きなコモンテーブルを発見。いいのか、悪いのか、今ではどこに行っても、North West風というか、Portland的というか。Tシャツにジーンズというサーバー達に、私の持つフレンチレストランのイメージが静かに流れていった。私の着ていたワンピースが、めかしすぎているように映ってないか、気になった。
右肩側に一組のカップル、左肩側に5、6人のグループという席に向かい合うように座るハビーと私は、笑顔を作りながらも第一声が出ないままだった。隣のカップルの男性が不動産のうんちくを女性に語っている。反対側のグループはやたらに大きな声でしゃべり盛り上がっている。メニューを見つめながら、計画していたロマンチック語りはとうてい無理と判断。食事を楽しむことだけに専念するしかない。

ハマチの切り身のマリネ、フォアグラとアボカドのテリーヌを前菜に、ビーフチークの煮込みをメインとして、二人でシェアをすることにした。良点は、このカジュアルな雰囲気のお陰で、トラディッショナルなフルコースでなくタパス的に料理を注文できた事だ。ハビーのプレッシャーも少しは取り除かれ、内心ほっとしていたはず。
やや緊張気味に行ったRover’sで、盛りの少なさに思わず噴き出した二人だったが、カジュアルなLe Pigeonで、テリーヌに添えられたパンがトーストだったのにも目が釘付けになった。ウニも納豆も牛刺しも大好きなハビーがフォアグラが食べられなかったことには驚いた。本当に?信じられない!と言いながら ほとんど私が一人で平らげた。

「ディアー マイ ダーリン。昨日はご馳走してくれてどうもありがとう。どんな状況下でも、食事を楽しく美味しいくシェアすることができるあなたと一緒に居れて 私は世界一の幸せものだわ。是非 また行きましょう!Lots of Love。」- “送信”。


Kiki


Le Pigeon
738 E Burnside St
Portland, OR 97214
(503) 546-8796



Posted on 夕焼け新聞 2009年9月号

Sunday, September 18, 2011

おいしい話 No. 29「居酒屋ドリーム」

長らく日本に里帰りしていない私は、時おり日本に帰りたいなあーと思いをはせる。そんな時、頭の横にぽわーんと浮かんでくるのは、懐かしい家族や友人の親しみ深い顔ではなく、居酒屋の誘い込むような赤のれんと情熱の赤チョウチンの絵なのである。

のれんをくぐり、引き戸を開けて入ると、「らっしゃーい!」という元気のいい板前のオヤジの掛け声と、ネクタイを緩めたサラリーマンのおっちゃん達のご機嫌な会話が どどーっと狭い店内に響き渡る。カウンターの向こうから、炭火焼の煙がむくむくと立ち上り、香ばしい鳥の匂いが私の歩みを中へと促す。背中ごしに引き戸を閉めると、日常から別世界へと忍び込んだような感覚になり、瞬時に周りを観察。それでも 沸き上がる心の弾みは隠しきれず、にわかに笑みがこぼれそうになり、オヤジへの会釈へとごまかす。椅子に腰を下ろし、熱いお絞りで手を拭っていると、「今日は旨い鰹が入ってるよ」なんてオヤジがカウンター越しに声をかけてくる。厚い切り身の鰹の刺身をニンニクと醤油で頂きながら、冷酒できゅっといく。白子の網焼きや、ウニの紫蘇上げ、イイダコの酢の物に、桜海老の味噌和えなど、夜は長しとばかりに、酒の肴が選ばれていく。ほろ酔い加減も良く、人生について充分熱く語った後は、ネギトロと梅シソの細巻きで、ほんのひと時 静かに自分と向き合う。のれんを分けて表の通りに出ると、現実の世界に引き戻されたような感覚にはっとしながらも、「がんばるぞー」なんてこぶしをあげながら、千鳥足で信号3つ先の家路に向かう。

この手の妄想が日本を恋しいと思う度におこる。やっていること全てが中断され、よだればかり垂らして、全く能率が悪い。最近では背景の描写も細かく、ドラマ仕立てになってきた。
ポートランドにも居酒屋と呼ばれる店はいろいろあるじゃないか、というところだが、何かひとつしっくりとこない。味だったり、値段だったり、美味しいんだけれど「例の店ね」と 飽きずに通いたい店ではなかったり。
いや、正直、また来たい、おいしい!と思う店は数件ある。が、しかし いつも決まって問題なのは、位置的に、大決心しないと腰が上がらないような距離が私の家からある、ということだ。
私の妄想の最後の部分に注意を払ってほしい。「千鳥足で信号3つ先の家路に向かう」。まさにこれが、美味い居酒屋はさることながら、近所に居酒屋を持つご賞味なのだ。誰が 居酒屋に車で15分、20分かけて行き、帰りの運転を心配しながら、酒を飲める? 誰がわざわざ日本酒や焼酎と合う居酒屋ならではの料理を食べながら、ビール一杯で止めることが出来る? それは とっても酷というもんです!
先日のカナダ バンクーバーの旅は最高に楽しかった。ハビーと私、まさにグルメの旅を満喫したのだけど、特に最高に幸せだったのが、ホテルから徒歩3分の所に一軒の居酒屋を発見したこと。ダウンタウンにしゃれた居酒屋が何軒もあるのに驚いたが、私たちが入った店は私の妄想の絵に限りなく近い、「近所の居酒屋」感を出していた。
そして そこには 私の大好物の牛の刺身と酢牡蠣があった。欧米人のくせに私と同じものを好物とするハビーと そのレアな一品一品を争いながら食べた。カナダの大陸と比例して、旅の心も膨張し、焼酎オンザロックのお変わりも何ら躊躇無し。だって家路のホテルは 千鳥足3分のところなんだもの。

日本の居酒屋が恋しいというよりも、家の3ブロック先に居酒屋がないのが悲しいと言った方が、早いのかもしれない。探せばあるのに、ただ、近所にない、というのが たまらなく不満なのだと思う。
おいしい居酒屋は 遥かかなたにいつもある。日本だったり、カナダだったり、ヒルスボロだったり。ほろ酔い気分で ふらりふらりとベッドにたどり着ける距離にはない。
うちの大家がAlberta通り沿いに 新しい物件を買う度に、居酒屋をやれとせまる私。いくらAlberta通りも昨今賑やかになってきたとはいえ、借り手が見つからず空テナントとなっている物件や、閉業してしまった物件などがまだまだある。近所に一軒でいいから居酒屋ができてくれれば、私の日本を懐かしむ思いは 完全に家族と友人の愛くるしい顔ぶれにとってかわられるはず。


Kiki


Posted on 夕焼け新聞 2009年8月号

Sunday, September 11, 2011

おいしい話 No. 28「男の手料理」

なぜ料理人には男性が多いのだろう。どこのレストランに行っても、キッチンで腕を振っているのは男性がほとんど。一方家庭では、亭主が台所に立つようになって来たとは言っても、それでも、家庭の食事は女房が作っているのが大半だと思う。なぜ男は外では はりきって人のために食事を作ることができるのに、家に帰ると女がしゃかりきになってご飯をつくり、子供に食べさせたりしているのだろう。そんな風に思考する時があるが、ウチのハビーを見ていると、その答えがにわかに見えたような気がした。料理に対するこだわり方が、男と女では違うのだ。
めったに料理をしないハビーがたまに思い立って料理をする気分になると、もう止められない。気まぐれにも 一度彼のコダワリの炎が燃え上がると、レシピにある上等な肉や魚、新鮮な野菜や異国のスパイスを探して西へ東へと走り回り、実際にキッチンに立つまでに半日が経つ。そして無造作にばら撒かれたレシートをかき集めてみると、家計破産寸前の数字が並べられているのだ。
ハビーのメキシコ魂に火がついたのはつい先日のこと(メキシコ旅行に行ってきたばっかし)。レシピと睨めっこしながら 材料のメモ書きをしている。ちゃんと冷蔵庫の中に何があるか 確かめてね、と口を出す。もう3本目の同じソースを置く場所はないよ、というのが私の言わんとしたメッセージ。じゃ、行ってくるから、と言って出かけたなり2時間ほど帰ってこない。Whole Foodsがすぐそこにあるというのに どこに行ってんだ?と不思議になってくる。やっと帰ってきたかと思ったら、両手一杯に買い物袋をさげて 「タダイマー」とかなりテンションが高い。やっぱ メキシコ料理だから 材料もメキシカン ストアーで買うだろと思って どこそこのストアーに行ったら、この料理にかかせないナントカっていう材料がなくって、どこそこのストアーにあるかと思って行ったら、そこにもなくって3件目に行ったどこそこのストアーにやっとあったんだ!とサクセスストーリーを興奮気味で話してくれる。
いやー 参った参ったあ、なんて言いながら買った品物を袋から取り出してカウンターに並べる。同時に私の検品の目が光る。「オリーブオイルまだうちにあるじゃない。」あれだけ家にあるものをチェックしていけと言ったのに、また同じもん買ってきた、と即座に私のチェックの声が入る。が、コダワリ男は余裕なのだ。「いや これはねVirginじゃなくて、ブレンドなんだよ、香りが控えめで、今回のマリネ用にはこれくらいが押さえ気味でいいと思ってさ」なんて、どこで覚えてきたのか そんなウンチクを並べた。「トマトもあったよ。」「いやこれはね、メキシカントマトなんだよ。」色も形も普通のトマトとかわらないのだけど。「肉も 店のメキシカンのオヤジがこれだといって勧めたやつだから、かなりAuthenticなカーネアサダができるはずだ、」と言いながら茶色い紙で包まれた重たそうな塊を冷蔵庫に入れる。そして、最後に「Look!」と私の気を一番引いて取り出したのが、銀色に光る「トルティア メーカー」。
平たく丸い円盤に テコみたいな取っ手がついているだけの簡単な物だが、その「メーカー」がないとトルティアがうまくできないらしい。「手で伸ばしてできないの?」という私の声も、彼のテンションには無駄な叫びとなる。

ハビーの大プロジェクトが開始されて2時間後、BBQセットでこんがり焼いたカーネアサダに、ポソレスープ、ライスとブラックビーンズのガイオピント、ワカモレー ディップに、パーフェクトに丸く、均等に薄い手作りトルティアがテーブルに並べられた! ハビーの食材と器具にこだわった手料理は、信じられないほど繊細で、美味であった。このAuthenticという言葉に近づくために、納得のいく材料を求めて町中を駆け巡る、そんな料理への情熱が、男の細胞に備わっているようだ。少なくとも、さっと買い物行って、ちゃっちゃっと食事の支度をする、という観念は男共に存在していないと思われる。
明日からは、ハビーが使い切らず、冷蔵庫に所狭しと埋まる食材を使った、主婦の簡単、早い、「あり合せ料理」がしばらく続くのだ。だって、ハビーのコダワリの炎は 今日で美しく燃え尽き、この次いつ火がつくかは、誰もわからないから。


Kiki




Posted on 夕焼け新聞 2009年7月号