なぜ料理人には男性が多いのだろう。どこのレストランに行っても、キッチンで腕を振っているのは男性がほとんど。一方家庭では、亭主が台所に立つようになって来たとは言っても、それでも、家庭の食事は女房が作っているのが大半だと思う。なぜ男は外では はりきって人のために食事を作ることができるのに、家に帰ると女がしゃかりきになってご飯をつくり、子供に食べさせたりしているのだろう。そんな風に思考する時があるが、ウチのハビーを見ていると、その答えがにわかに見えたような気がした。料理に対するこだわり方が、男と女では違うのだ。
めったに料理をしないハビーがたまに思い立って料理をする気分になると、もう止められない。気まぐれにも 一度彼のコダワリの炎が燃え上がると、レシピにある上等な肉や魚、新鮮な野菜や異国のスパイスを探して西へ東へと走り回り、実際にキッチンに立つまでに半日が経つ。そして無造作にばら撒かれたレシートをかき集めてみると、家計破産寸前の数字が並べられているのだ。
ハビーのメキシコ魂に火がついたのはつい先日のこと(メキシコ旅行に行ってきたばっかし)。レシピと睨めっこしながら 材料のメモ書きをしている。ちゃんと冷蔵庫の中に何があるか 確かめてね、と口を出す。もう3本目の同じソースを置く場所はないよ、というのが私の言わんとしたメッセージ。じゃ、行ってくるから、と言って出かけたなり2時間ほど帰ってこない。Whole Foodsがすぐそこにあるというのに どこに行ってんだ?と不思議になってくる。やっと帰ってきたかと思ったら、両手一杯に買い物袋をさげて 「タダイマー」とかなりテンションが高い。やっぱ メキシコ料理だから 材料もメキシカン ストアーで買うだろと思って どこそこのストアーに行ったら、この料理にかかせないナントカっていう材料がなくって、どこそこのストアーにあるかと思って行ったら、そこにもなくって3件目に行ったどこそこのストアーにやっとあったんだ!とサクセスストーリーを興奮気味で話してくれる。
いやー 参った参ったあ、なんて言いながら買った品物を袋から取り出してカウンターに並べる。同時に私の検品の目が光る。「オリーブオイルまだうちにあるじゃない。」あれだけ家にあるものをチェックしていけと言ったのに、また同じもん買ってきた、と即座に私のチェックの声が入る。が、コダワリ男は余裕なのだ。「いや これはねVirginじゃなくて、ブレンドなんだよ、香りが控えめで、今回のマリネ用にはこれくらいが押さえ気味でいいと思ってさ」なんて、どこで覚えてきたのか そんなウンチクを並べた。「トマトもあったよ。」「いやこれはね、メキシカントマトなんだよ。」色も形も普通のトマトとかわらないのだけど。「肉も 店のメキシカンのオヤジがこれだといって勧めたやつだから、かなりAuthenticなカーネアサダができるはずだ、」と言いながら茶色い紙で包まれた重たそうな塊を冷蔵庫に入れる。そして、最後に「Look!」と私の気を一番引いて取り出したのが、銀色に光る「トルティア メーカー」。
平たく丸い円盤に テコみたいな取っ手がついているだけの簡単な物だが、その「メーカー」がないとトルティアがうまくできないらしい。「手で伸ばしてできないの?」という私の声も、彼のテンションには無駄な叫びとなる。
ハビーの大プロジェクトが開始されて2時間後、BBQセットでこんがり焼いたカーネアサダに、ポソレスープ、ライスとブラックビーンズのガイオピント、ワカモレー ディップに、パーフェクトに丸く、均等に薄い手作りトルティアがテーブルに並べられた! ハビーの食材と器具にこだわった手料理は、信じられないほど繊細で、美味であった。このAuthenticという言葉に近づくために、納得のいく材料を求めて町中を駆け巡る、そんな料理への情熱が、男の細胞に備わっているようだ。少なくとも、さっと買い物行って、ちゃっちゃっと食事の支度をする、という観念は男共に存在していないと思われる。
明日からは、ハビーが使い切らず、冷蔵庫に所狭しと埋まる食材を使った、主婦の簡単、早い、「あり合せ料理」がしばらく続くのだ。だって、ハビーのコダワリの炎は 今日で美しく燃え尽き、この次いつ火がつくかは、誰もわからないから。
Kiki
Posted on 夕焼け新聞 2009年7月号
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