Sunday, February 27, 2011

おいしい話 NO.5 「地球料理」

先日 部屋の本棚の整頓をしていたら、一年ほど前に頂いた森本正治著の「NO.1(いちばん)」(扶桑社)という本を見つけた。三代目料理の鉄人になった森本氏が腕を組んで 空に向かって仁王立ちしている表紙の写真は、私に読書意欲をわかせる事はなく、いつしか本棚の奥に眠る始末になっていた。
いらない本など 古本屋に売るよりも よく友達に回し勝ちな私は その本を手に、いつもの友人に送る事を考えていた。とりあえず気まぐれに軽くページをめくってみると、NYの有名な日本料理屋で総料理長として成功した森本氏が自分の料理は“地球料理だ”と言っている文章に目が留まった。寿司職人だけでなく、日本料理職人だけでもなく、日本の伝統料理を基本にしつつも、その枠を超え 様々な文化の食を取り入れた地球料理の職人だと誇り高く語っているのだ。
日本人は伝統的な日本料理に固執しており、ある一定の味覚の枠内に留まり、そこで 料理の味の良し悪しを判定しがちである、という指摘もしている。
なるほど、考えてみれば私もその類の一人かもしれない。
好きでアメリカに居るものの、日本料理は時として恋しくなるもので、“美味しい”スシ レストランや“本物の”ジャパニーズ レストランを常に探し求めている。その美味しいとか、本物という判定はまず見かけから入る。例えば、これらのシェフは日本人でなければならぬわけで、日本人以外の他所の国の人がキッチンやスシバーに立っているのを見ると もうそこで 私の脳に「ああ...ダメだこりゃ」という信号が送られる。
そして次に、例えそこに日本人のシェフが居たとしても、天ぷらの衣の量や揚がり具合、照り焼きのタレの調合や焼き具合、刺身の捌き具合や シャリの量に握り具合、など 自分が日本でウン十年慣れ親しんできた味に添合わないと「不味い」の判定がぴしゃりと下りる。変わった取り合わせや、ユニークなアレンジが施された料理には「まったく わかっとらん」と溜息をつきながら首を横に振る。
でも よく考えてみれば 日本人の寿司職人の下で数年修行したアメリカ人シェフの握ったスシが ヘタな日本人より遥かに旨かったことがあったし、とんでもないアレンジの一品が病み付きになったという経験もあるんだよね。
だいたい、アメリカに居て必死に伝統的な日本の味を捜し求めるというのも可笑しな話のような気もするわけで、なんだか 森本氏に自分が心の狭い人間と、アメリカという大国にいながら 世界観のない奴だ、と指摘されているような気になった。
森本氏がNYで極めたこの地球料理というものが果たしてどういうものか、ポートランドに住む一庶民の私には見当も付かないが、偏見を持たず、伝統に固執せず、新しいものに対する新しい判定の仕方をする必要があるという事は 学んだような気がした。
ということでハビーのアメリカ人の友人が「あそこのラーメンがめちゃめちゃ旨い!」と絶賛する最近オープンしたジャパニーズ レストラン「Biwa」に行くことにした。あるレストランの私が結構イケるよ、と言っているラーメンをマズイと散々コケにした彼が絶賛するラーメン。正直、ちょっとした恐怖は頭の後ろに付いていた。
毎度の事で、店に入るや否や、オープンキッチンに日本人が居るかどうか探してしまった。居ない。いやいや!これは 心をオープンにしてトライするでしょ!
メニューによると、どうやら ラーメンの麺は自家製のようだ。いい感じではないか。さっそく お勧めのラーメンを注文する。
ライスヌードルを思わせるような白く平たい麺の上に グリルされた豚肉の塊がのっかっており、多分 この焼けたばかりの熱々の豚肉の上からスープが注がれたようなラーメンが運ばれてきた。
やっぱり典型的なモヤシやネギ、ワカメやシナ竹などがたっぷり乗ったラーメンの絵を描いていた私は この期待感を打ち破られた。斬新でシンプルな見かけ。さっそく豚肉の塊に箸を入れる。これがとても柔らかい!グリルする前にじっくり下味を付けて寝かしていたか、一度煮込んでいたかもしれない、と思わせるような柔らかさ。そして自家製麺へ。日本のラーメン通達の“コシが”とか“縮み具合が”とか言っている声が聞こえてきた。いかんいかん。無理やりその声をかき消す。最後にスープをすする。典型的なラーメンのスープを持ち出してきて 比較しようとしても前例がない味なので 比較のしようがない、とでも言おうか
ご機嫌風のハビーが眉間に皺を寄せて無言になっている私の顔を見て、自分もすぐさま神妙な面持ちに切り替えた。なにかがおかしいと察知したらしい。
私には食に対する世界観が備わっていない、ということなのだろうか、旨い!という顔ができない。こんな私、森本氏に渇を入れられてしまう?それとも、このラーメンにもう一つ渇が必要なのか。
地球料理に無国籍料理、いったいどこに境界線を引けばよいのやら。ハビーの友人のように絶賛する人もいるわけだから、そういう意味では これもまた 平和な地球料理なのかもしれないね。


Kiki

Biwa

214 SE 9th Ave.
Portland, OR 97214
Phone: (503) 239-8830
Posted on 夕焼け新聞 2007年8月号

Saturday, February 26, 2011

おいしい話 NO.4「Call your Mother!」

日本に住んでいた頃は、週末に友人と喫茶店の“モーニング”とか “モーニングセット”を食べにいくのが習慣になっていた。小さい町だったが、やたらと喫茶店の数が多く、ほとんどが この“モーニング”のメニューに力を入れていた。というのは、日本で一番夫婦の共働きが多い市と言われているこの土地の住民は 週末は 朝から外に出て食事をする傾向があり、美味しくてボリュームがあって値段が安い店という噂がつくものなら あっという間に評判になり、その日の売り上げが朝作られると言われるほどの忙しさになるのである。行列のできる喫茶店が登場したり、地元のレストラン情報誌などの、「モーニングがおいしい店」、というコーナーに挙げられるほどになる。
地下鉄などもなく、公共の乗り物機関が発展していない町だから 一世帯の車の所有台数が多いこの町の人間は、車でどこにでも行く。それこそ おいしいといわれる喫茶店、うどん屋、ラーメン屋などを求めて本当に平気で遠出をするのだ。
私と友人との間では「モーニングに行かない?」が合言葉であり、ちょっとしたドライブも含め、いろんなところに美味しいモーニングを求めて毎週のように出かけたものだった。
モーニングサービスというものの観念がすっかりできあがっている中、大阪や東京に出張に行った私は、ビジネスオフィス街にある喫茶店のモーニングサービスにひどく失望したのを思い出す。当時、半切れトーストとゆで卵とコーヒーで600円という値段に空いた口がふさがらなかった。地元だと この値段で 厚切りチーズトースト2枚、またはクロワッサンのハムサンドイッチとオムレツとサラダ、フルーツ、コーヒーがついてくるのに、と お気に入りの喫茶店のモーニングメニューを思い出しては悲しく比べたものだ。

あれから随分な年数が経ち、今はアメリカなんぞに住んでいるが、ここポートランドでも 私の出身地と同じ現象が起きていることを確認する今日この頃。
美味しいブレックファースト(訳:“モーニング”)を食べるために人々は色々な所から わざわざ出かけて行き、行列になっても 辛抱強く待ち、必ず目的の食事にありつくのだ。
私の家の付近にも ちょっと有名なカフェが2件ほどあるが、週末の朝は「うわー、2時間待ち?」と思うほど人が群がっている。
人間ってやっぱり食べ物が生活の中心であり、美味しい物のためだったっら少々のエネルギーもおしまないものなのね。
先週訪れたダウンタウンにあるMother’sもブレックファーストを目当てのお客さん達がわんさと入り口のところで群がっていた。45分待ちといわれたハビーと私。別に午後の予定が入っているわけでもない二人は粘って待つことにした。
私の地元の喫茶店と違うのは、なんといってもブレックファーストと一緒にカクテルのサービスがあるところ。シャンパンとオレンジジュースの“Mimoza”や、ウォッカとトマトジュースの“Bloody Mary”などを ゆったりとした休日の遅い朝に Refreshといった感じで頂く人が多い。
一日が始まったところで もう酒?と最初は驚いていたけど トマト色の飲み物に長いセロリが突き刺さり、オリーブやカクテルオニオン、そしてライムやレモンが添えられているBloody Maryがテーブルに運ばれていくのを見る度に、トマトジュース嫌いの私でも 「うまそ~」という気になってくる。
Mother’sでもテーブル待ちの人たちが それぞれ“Mother’s special Bloody Mary”を手に おしゃべりに花を咲かせていた。
いろいろな種類のオムレツのセットとコーヒーや オレンジジュース、ましてやカクテルなどを頼んでいると、決して600円で済むようなことには ならないけれど、たまには 時間に追われず、親しい人たちと気兼ねない朝食の時間を外で取る事のは とても 楽しいし、心のリフレッシュになるよね。
日本に居た頃のようには そう頻繁に外で朝食を取ることは なくなったけれども 私の美味しい“モーニング”探しはここポートランドでも絶えることはない。
テーブルにセットされたMother’sのオリジナルコーヒーカップのメッセージ“Call your mother”が 一瞬にして私を日本の故郷に引き戻した。一緒に生まれ育った幼馴染や親友、兄弟、そして両親。隣のテーブルに座っている大きなグループのように、私も大好きな人達とここで あんな風にテーブルを囲めたら、と ちょっぴり胸がきゅんとなるMother’sでの朝食の一時だった。



Kiki

Mother's Bistro & Bar
212 SW Stark St
Portland, OR
 97204
Phone: (503) 464-1122
Fax: (503) 525-5877

Posted on 夕焼け新聞 2007年7月号

Monday, February 21, 2011

おいしい話 NO.3「ヤクザ???」

12ヶ月前にハビーが あるレストランの批評の記事を見つけた。自分のワイフが日本人なので なんでも「Japanese」というフレーズに敏感になるハビーが 今回も近所に新しい「Japanese Restaurant」がオープンしたらしい、と興奮してその記事を押し付けてきた。
Japanese Restaurant」の批評には細かく厳しい私は その店の名前を聞いただけで すばやく疑いモードに入った。“Yakuza”って、、、。

これはアメリカ人のみの経営で 日本人はビジネスに関係していないね。だって 日本人が「マフィア」とかいう名前の洋食屋を開店するようなもので、まったくズレているというか、滑稽さだけが浮き彫りにされて 旨いレストランとしての 説得力が失われる、日本人がオーナーだったら絶対付けない名前だね、と私は一揆に批評を並べ立てた。
ハビーが声を出してその記事を私に読んで聞かせる。若いアメリカ人達が日本食を取り入れた創作料理を提供、というような内容に差し掛かったところで 「ほらね!」と割り込む。貧乏人のくせに 日本人の握る寿司しか食べない、信用しない、と高飛車な態度の私は アメリカ人のシェフ達というところで 偏見が入り、その人たちによる“創作料理”に更に懐疑心が深まった。
今まで何度突拍子もない組み合わせの“頂けない創作料理”に出会ったことか。ということで 私の一方的な批評により、“Yakuza”は 一度は行ってみたい店リストに入ることもなく、あっさりと忘れ去られていった。

先日、普段は通らない道をたまたま車で徘徊していると普通の住宅地の中にとっても素敵な店をみつけた。「何この店は!?」と叫ぶ私。見落とした運転手のハビーは1ブロック先でUターン。店の前で停車して車の中よりジーっと観察する興味深々の夫婦。
計算された照明とモダンなデザインの外観と、スペースを大きく取った窓から窺える店内の様子により、新築のレストラン・バーだと判明。「なんて素敵なお店なの!こんな所にレストランができたなんて知らなかったわ!どういう料理なのかしら!」と興奮状態で看板を探す私に 私より視力の良いハビーが先に見つけて叫んだ。「ハッ、ここが“Yakuza”だよ!」「えっ!?」

ヤクザという名前の意味合いと店のイメージがまったく噛み合ってないことに不思議な感覚を覚えたが、おしゃれな見かけに魅了され 即座に 一度は行ってみたい店リスト入りとなった。そして たったの数日後に私達は本格的に味の批評をするべく戻ってきた。
上質の木材を効果的に、そしてふんだんに使用して作られたバーカウンターとテーブルが、落とされた照明とキャンドルの炎で美しく照りを放っている店内は、通りを歩く人々の目を強く引き付ける。しかし、外から見えないのが裏庭のセッティング。寿司のカウンターが裏庭に面して開放的に設計されており、裏庭のテーブルの赤い椅子が 日が落ちて薄暗くなると紅色に浮き立ち、モダンな中にも和の情緒を醸し出す。
なんて上品で美しいインテリアなんだ、と感銘のコメントを連発していたハビーと私だが、メニューに目を通して沈黙になる。さすが創作料理を売りにしているだけあり、一品一品の説明を読んでも 出来上がりの料理のイメージがまったくできない。ハウススペシャルの項目にある巻き寿司も 何が巻かれているかを読んでも、まったく味の想像ができないのだ。
ということで決断力のない二人は サーバーのお勧めする鰻のフライとアボカドなどを(忘れました)を海苔と白身魚で巻いた寿司、ハマチの細巻き、ホタテを細い麺のようなもので包んだ揚げ物、そして 牡蠣、ウニ、鶉の卵が入った酒ショットを注文することに。
最初に登場したホタテの揚げ物を口にしたと同時に、感銘のコメントが再び湧き上がった。「美味しい!」 いやー 味の旨さに驚いた。あっさりと上品で、そして 新鮮な素材を使っていることが舌でわかる料理なのだ。あっという間に 注文した料理を平らげた二人は、ハマチとマンゴが入った巻物を追加注文。これも未知の世界だったが 一口でハマッてしまった。
こうなったら全部注文して味見したい!と興味を掻き立てる料理達だったが、そうそう気安くなんでもオーダーできる値段設定がされていないので、ハビーと私には必然と出直しが強いられた。
ハビーがふと、「この店は昔君が説明していた日本のバーのコンセプトに似てるんじゃないの?」と一言。そこで私は まだ日本に行ったことのないハビーに一生懸命、居酒屋というものを説明した事を思い出した。
ああ そうだ!日本のコジャレタ居酒屋の感じがあるかも!
そう思うと Tシャツ、ジーンズにエプロンして せっせと働いているアメリカ人のお兄さん達が、何やら 居酒屋で働いている日本人の若者に見えてきたから不思議だ。
店を出た時、外の看板に“Izakaya”という文字を見つけた。なんだ、最初から居酒屋を意識して作ってたのね。値段も元来の“安い”というコンセプトに改善してくれると 私とハビーの行き付けの店になること間違いないのに。ヤクザな値段とまでは 言いませんけれども(落ち)。


Kiki

Yakuza
5411 NE 30th Ave
portland, OR 97211

(503) 450-0893

Posted on 夕焼け新聞 2007年6月号