先日 部屋の本棚の整頓をしていたら、一年ほど前に頂いた森本正治著の「NO.1(いちばん)」(扶桑社)という本を見つけた。三代目料理の鉄人になった森本氏が腕を組んで 空に向かって仁王立ちしている表紙の写真は、私に読書意欲をわかせる事はなく、いつしか本棚の奥に眠る始末になっていた。
いらない本など 古本屋に売るよりも よく友達に回し勝ちな私は その本を手に、いつもの友人に送る事を考えていた。とりあえず気まぐれに軽くページをめくってみると、NYの有名な日本料理屋で総料理長として成功した森本氏が自分の料理は“地球料理だ”と言っている文章に目が留まった。寿司職人だけでなく、日本料理職人だけでもなく、日本の伝統料理を基本にしつつも、その枠を超え 様々な文化の食を取り入れた地球料理の職人だと誇り高く語っているのだ。
日本人は伝統的な日本料理に固執しており、ある一定の味覚の枠内に留まり、そこで 料理の味の良し悪しを判定しがちである、という指摘もしている。
なるほど、考えてみれば私もその類の一人かもしれない。
好きでアメリカに居るものの、日本料理は時として恋しくなるもので、“美味しい”スシ レストランや“本物の”ジャパニーズ レストランを常に探し求めている。その美味しいとか、本物という判定はまず見かけから入る。例えば、これらのシェフは日本人でなければならぬわけで、日本人以外の他所の国の人がキッチンやスシバーに立っているのを見ると もうそこで 私の脳に「ああ...ダメだこりゃ」という信号が送られる。
そして次に、例えそこに日本人のシェフが居たとしても、天ぷらの衣の量や揚がり具合、照り焼きのタレの調合や焼き具合、刺身の捌き具合や シャリの量に握り具合、など 自分が日本でウン十年慣れ親しんできた味に添合わないと「不味い」の判定がぴしゃりと下りる。変わった取り合わせや、ユニークなアレンジが施された料理には「まったく わかっとらん」と溜息をつきながら首を横に振る。
でも よく考えてみれば 日本人の寿司職人の下で数年修行したアメリカ人シェフの握ったスシが ヘタな日本人より遥かに旨かったことがあったし、とんでもないアレンジの一品が病み付きになったという経験もあるんだよね。
だいたい、アメリカに居て必死に伝統的な日本の味を捜し求めるというのも可笑しな話のような気もするわけで、なんだか 森本氏に自分が心の狭い人間と、アメリカという大国にいながら 世界観のない奴だ、と指摘されているような気になった。
森本氏がNYで極めたこの地球料理というものが果たしてどういうものか、ポートランドに住む一庶民の私には見当も付かないが、偏見を持たず、伝統に固執せず、新しいものに対する新しい判定の仕方をする必要があるという事は 学んだような気がした。
ということでハビーのアメリカ人の友人が「あそこのラーメンがめちゃめちゃ旨い!」と絶賛する最近オープンしたジャパニーズ レストラン「Biwa」に行くことにした。あるレストランの私が結構イケるよ、と言っているラーメンをマズイと散々コケにした彼が絶賛するラーメン。正直、ちょっとした恐怖は頭の後ろに付いていた。
毎度の事で、店に入るや否や、オープンキッチンに日本人が居るかどうか探してしまった。居ない。いやいや!これは 心をオープンにしてトライするでしょ!
メニューによると、どうやら ラーメンの麺は自家製のようだ。いい感じではないか。さっそく お勧めのラーメンを注文する。
ライスヌードルを思わせるような白く平たい麺の上に グリルされた豚肉の塊がのっかっており、多分 この焼けたばかりの熱々の豚肉の上からスープが注がれたようなラーメンが運ばれてきた。
やっぱり典型的なモヤシやネギ、ワカメやシナ竹などがたっぷり乗ったラーメンの絵を描いていた私は この期待感を打ち破られた。斬新でシンプルな見かけ。さっそく豚肉の塊に箸を入れる。これがとても柔らかい!グリルする前にじっくり下味を付けて寝かしていたか、一度煮込んでいたかもしれない、と思わせるような柔らかさ。そして自家製麺へ。日本のラーメン通達の“コシが”とか“縮み具合が”とか言っている声が聞こえてきた。いかんいかん。無理やりその声をかき消す。最後にスープをすする。典型的なラーメンのスープを持ち出してきて 比較しようとしても前例がない味なので 比較のしようがない、とでも言おうか…。
ご機嫌風のハビーが眉間に皺を寄せて無言になっている私の顔を見て、自分もすぐさま神妙な面持ちに切り替えた。なにかがおかしいと察知したらしい。
私には食に対する世界観が備わっていない、ということなのだろうか、旨い!という顔ができない。こんな私、森本氏に渇を入れられてしまう?それとも、このラーメンにもう一つ渇が必要なのか。
地球料理に無国籍料理、いったいどこに境界線を引けばよいのやら。ハビーの友人のように絶賛する人もいるわけだから、そういう意味では これもまた 平和な地球料理なのかもしれないね。
Kiki
214 SE 9th Ave.
Phone: (503) 239-8830
Posted on 夕焼け新聞 2007年8月号
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