ダウンタウンのホテルで働いているハビーは よく他州からやってくるゲスト達にポートランドでお勧めのレストランはどこかと聞かれる。ゲストの好むジャンルによって勧めるレストランは違ってくるけれども ほとんどが希望するのはホテルから徒歩の距離でいける範囲なもので、対外 決まった場所に自然となってくる。ハビーとしては ダウンタウン内だけでなく、NEやSEにもおいしいくて個性的なレストランは いっぱいあるのだから そういう所にも足を延ばして楽しんでもらいたい、という気持ち大なのだが、「この周辺で」というのを強調されると 対象する店が限られてくるので 面白くない。「もっと冒険心を持ってほしいね」と文句をつける。
そんな中、二人でサンフランシスコに遊びにいくことになった。出発の2,3週間前から ハビーがサンフランシスコからのゲストを捕まえては お勧めのレストランはどこかと逆質問を始めた。あるビジネス風のシャキシャキっとした女性が「ぜったいにこのジャパニーズのお店に行きなさい!スシはアメイジングで料理もスタニングよ」と非常に熱意を込めて教えてくれたらしい。
「ハニー、是非トライしたいレストランを見つけたよ!」帰宅したハビーは興奮状態。「Ebisuっていうとこでさ、場所は9thとIrving。」ノートの端っこをちぎったような紙を私に見せる。
ダウンタウンのど真ん中にホテルの部屋を予約していた私は「え、どこ それ?ホテルの近く?」
「Oh, I don’t know...」
サンフランシスコに到着し、ホテルにチェックインした二人は 市内のマップを広げ「Ebisu」探しを真っ先に始めた。「9thとIrving、9thとIrving、、、。」二つの額を引っ付け合いながら ダウンタウン界隈を指でなぞる。9thはあるけれどもIrvingがない。
少しずつダウンタウンからサーチ範囲を広げていく。そのうちマップの隅々まで指が延びて行く。そしてついに 端っこの方に9thとIrvingが重なる道を見つけた。
「なんか ここから随分遠くない?どれくらいかかるのよ。どうやっていくのよ。」ホテルから遥かに離れているかのように見えるその位置に目を落としながら落胆する私だが、ハビーはなぜか高揚としている。「こういう 普通の観光客が立ち寄らないような場所にあるというのが 逆に説得力があっていい!」
こうして、エキサイティングな大都会での週末は、郊外行きの電車に乗って始まった。閑静な住宅街を縫いながら緊張気味に辺りをキョロキョロと見回す。結局間違った通りで飛び降りてしまった二人は「こうやって 歩きながら知らない町を散策するのもいいもんだ」と誤魔化しながら数ブロック歩く。ようやくちょっとした賑わいのある角に差し掛かり、「Ebisu」の看板を発見。「あった!」
下町の家庭的な江戸前すし屋のような雰囲気の店内には、長いカウンターとテーブル7、8台、そして ちょっとした畳み部屋がある。カウンターに席を取り、出された熱々のお絞りで手を拭いながら一息つく。寿司職人が日本人かどうか探ろうとするのは 私のいつもの癖。と そこに「へい いらっしゃい!」と低いダミ声のオヤッさんが奥からのれんを押して出てきた。ハビーと私は目を合わせてニンマリ。
板前が手書きで書いた日本語の本日のメニューの中に 幻の「神戸牛握り」を発見。幻の、というのは、私が何度かハビーに生の霜降り牛の握りの話をしたことがあったものの、私の出身地の寿司屋以外で見たことがなく、しかも アメリカでお目にかかれるとは思っても見なかったから。
ニンニク醤油で頂く 表面焼きもしていない生の牛肉の握りは、トロのように口の中でとろけていく。うーん、ニンマリ顔が止まらない。子持ちシシャモやアンキモ、ナマコなども含め、ハビーも勇敢なチャレンジャーとなっていく。
タイミング良く5時半の開店と同時に入店したのは幸運だったようで、30分もしないうちに店内は満席となり、活気で溢れ始めた。どうやら巷では人気のお店のようではないか。こうして えびすさんを探す冒険の旅は100%の満足度と共に2重丸で終わった。残念なのは「今夜はEbisuでメシだ!」と行ける距離にないこと。でも もし またサンフランシスコに行くことがあれば、必ず戻って行く店であることは確か。それがたとえ滞在ホテルの周辺じゃなくてもね。
Kiki
(415) 566-1770
Posted on 夕焼け新聞 2007年12月号