Saturday, April 16, 2011

おいしい話 NO.12「日本酒」


一年ほど前に 近所に酒バーができたと聞きつけ、そんなに日本酒が大好きなわけでもないのに、新しい物好きということで オープン初日にハビーと友人の3人で覘いてみた。小さな入り口の看板にはカタカナで「ジラ」と書いてあり、どういう意味かはわからないが、日本びいきが 感じ取られた。
黒をメインにしたモダンですっきりとした内装。薄暗い照明の中で 塗り立ての壁やバーカウンターが漆のようにピカピカと照り返していた。小さな店内だけど 開店の宣伝が不十分だったのか あまり客がいなく、がらんとした雰囲気だった。日本酒なんか 子供のころ宴会で自分の父親を含み 親戚や近所のおじさん達が顔を真っ赤にして大声で騒ぎながら お互いに注ぎあい、白い割烹着を着た母親とそれぞれの奥方たちが台所でせっせせっせと追加のとっくりを鍋で沸かしているという光景によって、大人の飲み物、または おやじの飲み物、と私の中で分別化されていた。アメリカで「酒バー」なんてしゃれた事言い出すのは 本当の日本酒の飲み方をしらない奴だ、と思っていた。
宴会の現場で狂った親父たちを見て育ったため、日本酒はたしなむ程度で、どの種類がどうで、なんて薀蓄をいえるような教育はうけていない。実際、純米酒だの吟醸酒だのという種類の違いを、こっちの寿司屋で働いて初めて学んだという逸話付き。そんな私だが、ここは 転んでも日本人、ひとつセレクションの批評をしてやろうではないか、と棚に並ぶビンに目をやった。
漢字やひらがなで達筆に書かれた一升瓶がこれ見よがしに並んでいたが 量的に物足りない感じがした。メニューに目をやるとそれぞれの種類にきちんと説明が書かれていたが やっぱり「酒バー」だと言い切れる種類が揃っているように思えなかった。と偉そうに言ってみたが 苦学生には輸入された日本酒は 一杯の値段が持ち合わせと見合わず、結局オレゴン産の桃川を頂くことに。
暖簾をくぐって入った高架下の飲み屋でなく、アメリカのモダンなデザインのバーで白人のお兄ちゃんたち(ハビーとその友達)と肩を並べながら、酒をちびちびと飲み、“spicy ika” つまり 裂きイカをもそもそと食べる心境はちょっとヘンテコリンな感じだった。

あのオープン以来一度も立ち寄ることもなく、まだやってんのかしらん、という程度の気に掛け方だったが、日本人の友達が来たということで紹介がてらちょっと行ってみることにした。再度「ジラ」の看板の下をくぐり、小さなドアを開けて中に入ると、第一印象の殺風景な内装からは随分ちがった心地よさを感じた。ブースやカウンターにはゆったりと腰を落ち着けた客達が ちょうど行われていたライブショーを楽しげに聞き入っていた。壁に置かれた酒の種類も冷蔵されている酒の種類も気のせいか増えているように見えた。装飾が加わったせいなのか、壁やカウンターが酒の匂いや毎日やってくる客達の風でいい味を出し始めてきたせいなのか、カウンターの中で働いている人がこなれた立ち回り方をしているせいなのか、一年前とは変わって 居心地のいい雰囲気を出していた。

基本的にはメニューは変わっていないが、しっかり数えてみると50種類ほどの酒がリストされていた。ハビーはオープンの時からこれくらいの種類はあったと、私の記憶力の悪さを指摘。こんなにあるなら、ちゃんと日本産のよりどころの酒を飲まなければ、ということで11ドルのサンプラーを注文した。バーテンのお姉さんが全国3箇所の酒造を選んでそれぞれのカップになみなみと注いでくれ、それとあわせて名称のカードも添えてくれた。
ちょうどその時、このお姉さんが師匠と崇める男性が声を掛けてきた。マーカスと名乗るこの男性がどうやら日本酒の仕入れ人のようで しょっちゅう日本に行っては酒蔵まわりをしているとか。流暢な日本語で私の前におかれた3種類の酒の説明をしてくれた。
ひとつは広島県の今田酒造産の富久長「月川」、ここでは「Moon on the Water」。ちょっとミントのようなさわやかな味が舌に残る感じで、癖があるかな、と思ったけど、飲んでいるうちにその軽やかさが口当たりよくなってくる。次は 滋賀県の冨田酒造純米「七本槍」。これも樽の匂いというか、なにかスモーキーな匂いが鼻と舌にきて個性をみせたが、一番飲みが進んだ。そして最後は岡山県丸本酒造の竹林「かろやか」。とってもフルーティで甘みがある。辛口好きの私としては 最後まで残ってしまったけど 一般的にはこの三種では一番飲みやすい種じゃないかなと思った。
こんな風にじっくりと腰を据えて、寿司や鍋を囲むでもなく、こんな形で日本酒を飲んだのは初めてかもしれない。そして、まさかアメリカ人に日本語でお酒や酒造に使われる米や水の説明をしてもらうとは思ってもみなかった。なんだか常連になりたくなってしまった。
皆さんも偏見なしで 覗いてみてください。そして 私が酒に酔いしれて聞きそびれた「ジラ」の由来を探ってみてください。


Kiki



Zilla Sake House

1806 NE Alberta
Portland, OR 97211
(503) 336-4104


Posted on 夕焼け新聞 2008年3月号

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