Saturday, June 11, 2011

おいしい話 No. 19「パン屋さん」

異国にいて 恋しいと思う母国の食はたくさんあるけれど、日本のスーパーマーケットで 買えない物が 少なくなってきているのは確か。レストランで直接味わえなくても、食材を購入して 自分で作ることが可能なのだ。それでも やっぱり、どんなに世の中便利になってきたもんだ、と言っても、入手できなくて、自分でも作ることができない、と悲しくなってしまう食品もまだまだある。その中のひとつが パン。
日本のデパートの地下食品売り場や、商店街の一角にあるような あのパン屋がここアメリカ、少なくとも ポートランドにはない。
私が言う「あのパン屋」とは 自分がトレイとトングを手に取り、並べられたありとあらゆる種類のパンを選び、レジにトレイを持っていって 精算、袋に入れてもらうというスタイルのパン屋だ。
パンは必ず そこで焼かれていなければならず、定番ものから創作パンまで その種類もそれなりにないとだめ。どれもこれも美味しそうに見えて、気が付いたら、自分が食べる予定以上の量がトレイにのっかっている、という状態になるような。
中国系などのパン屋で、そういうスタイルがあるのを見かける時がたまーにあるけど、ビニール袋にすでに入っていおり、あの焼きたての香ばしい匂いや、狐色に照るパンの存在自体の 強いアピールを直接的に感じられない。「わーあ!おいしそうなパンがいっぱいある!」という、掻き立てられるような感情が半減してしまい、ビニールに入ったパンをくるくるひっくり返しながら 冷静に選ぶ、ということになってしまうのだ。あの 裸のパンの、トングで触るともう最後、トレイに運ぶしかない、という緊張感のために、迷いきる、ということがないのだ。
菓子パン以外にも 厚切り食パンは 切なくなるほど恋しい。どんなに日本の食パンだという商品をこちらで見つけても 何かが違う。ふんわりモチモチとした食感は、どうしても味わえない。バターとかジャムとか塗らなくても、そのままで十分美味しいという食パンは、朝食の食欲があまりわかない私には とっても嬉しいアイテムなのだ。
しかし、なぜアメリカの食パン達はみんな薄切りなんだろう。サンドイッチ王国だからなのかなあ。

とにかく、日本のパン屋さんが 街の角々にできて欲しい、というのが私の願い。散歩がてら徒歩で行けるところにできてくれるとなお宜しい。と、言ってるところに、近所にパン屋さんができたという情報が入った。
日本のパン屋だという期待は最初からしていなかったけど、根っからのパン好きの私は、パン屋が近くにできたことはとっても喜ばしかった。
もちろん「Petite Provence」なんてしゃれた名前のboulangerie(パン屋!)に 私の描く卵パンとか、お好みパンとか、焼きそばパンなどはなく、フランス風のいわゆるペストリーというスタイルのパンが並べられていた。敷地の半分はカフェスタイルで、沢山のテーブルや椅子で占めており、大きく開け放たれたドアや窓が気持ち良い風を運び込み、焼きたてパンの匂いを店内いっぱいに広げていた。
ウインナーソーセージとかマヨネーズコーンとかの変わりに、様々なフルーツが乗ったペストリーがテカテカとした光を放ちながらディスプレイのトレイに横たわっている。ここのパンたちのアピール度も半端ではない、と確認。あの欲望に掻き立てられる感覚がものすごい勢いでわきあがってきた。思わずトングを掴み、手を伸ばしたくなるところだったが、パンと私の間に立ち塞がるガラスの仕切りがそれを防御。ま、トングとトレイが入り口に置かれていないこと自体、自分で取るなんてことは不可能なのだけど、ビニール袋と同じく、このガラスの仕切りが、なんでも掴みたくなる欲望を冷たく抑えるのだ。そして、次に襲ってくるのが 小さな恐怖心。パンのカウンターの向こう側に立つおねえさんが、「どれにしましょうか?」と私のオーダーを待っている。額に冷や汗を感じながら それぞれのペストリーにつっ刺さった札を睨む。手書きの筆記体で書かれた文字はものすごく読みにくく、フランス語の名前なんぞ付いていた時には なんて発音していいのやら まったく解らず、心臓の脈打ちが暴走しそうになる。
結局、「これとあれと、、」と人差し指を突き出しながら、オーダーするはめになる。ほんとうはいろいろ一杯買いたいのに「これ」とか「あれ」をずっと言い続けるのも恥ずかしく、それでいいです、と2、3個で終わる。
ああ 本当に、日本の あのパン屋さんが恋しいです。


Kiki


Petite Provence
Boulangerie & Patisserie
1824 NE Alberta St.
Portland, OR 97211


Posted on 夕焼け新聞 2008年10月号

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