Sunday, January 13, 2013
おいしい話 No. 68 「日本人はすごい」
Hood Riverに住む知人Danが、発起人となって Hood River発の 映画祭を開催した。Mt Hood Independent Film Festival。アメリカ国内だけなく、世界中から応募作品が送られてきた。170作品。その中で77作品が選ばれ 3日間 3箇所、4つのシアターで上映された。
この映画祭には Hubbyが製作したDocumentaryも上映されるし、DanとHubbyが製作した映画も上映されるということで、この10月最後の週末はHood
Riverに移住することになっていた。
そんなFestival開催の一週間前、Danから電話があった。
「I need your help!」
選ばれた作品の中に、日本からの応募作品があった。「父の愛人」-My Father’s Mistress。その監督と主演女優が わざわざこのFestivalに日本から来る、という。「どうやら彼らは 彼らの映画が選ばれたことでかなり興奮しているようで、とにかくHood
Riverに来るというんだよ。それはいいんだが、問題は 彼らは英語がしゃべれないらしい。映画上映の後で、Q&Aがあるが、彼らのために 君に通訳をしてもらいたいんだ、やってくれるかい?」
10月の初めに、アメリカ人の友人に紹介され コンサートに行った。日本人4人のアーティストから結成されたバンド、「Mono」。ギター、ベース、キーボード、ドラムのインストルメントで 静と動が波打つ、壮大なスケールの演奏で、体と心に浸透していく音を出す。詩はなく、言葉の替わりに その音だけで メッセージを送る。懐かしいような、ふるさとを思うような、そんな気持ちが沸きあがってきた。
興奮した勢いで ショーの後 メンバーの一人であるTakaさんに声をかけた。
アンダーグランドのミュージシャンを探して 紹介するブログを運営しているこの友人が、Monoのインタビューを彼のブログに載せたいという。君にコンタクトを取ってほしい、と、どこから調べたのか Monoのマネージャーの連絡先を送ってきた。
そんな経緯で、Monoにコンタクトを取り、Email上でインタビューを行うことを承諾してもらった。Takaさんの答えには、日本を、日本人であることを大事にし、それを表現したいという気持ちがこもっていた。
日本からわざわざ この小さな町の 小さな映画祭に来る。なんか 彼らの興奮状態がわかるような気がした。「Of
course, Dan.、I am glad to help them!」同郷であることのセンチメンタルな気持ちが こうやってがんばっている日本人を目にする度に湧き上がり、応援したい、と思う。
「父の愛人」が上映される当日、助監督の舟木俊作さんと主演女優の河野知美さんに会った。監督の迫田公介さんは お父上が突然病気になられて 已む無くキャンセルということになった。
映画のストーリーは 静かで、激しく、奥が深く、悲しく、そして それらはすべて、「生きる」という事と、「人間」ということを表現していた。とても 隣に座っている若者達が 作り上げたとは思えないほど 成熟していた。映像も美しく、編集もプロフェッショナルだった。
Q&Aで 舟木さんと河野さんが、満席のアメリカ人の観客の前に立ち、彼らの質問に誠実に答える。一生懸命 自分達の日本人としての思いを伝えようとする。それが 私にも伝わってくる。外国の人々に日本を伝えたい思い。通訳する私は、日本人として 大いなる任務を感じた。
パンフレットに 監督の迫田さんが鬱病になり 3年間療養した後に この「父の愛人」を製作したとあった。10枚にも渡る手紙を出し 出演の交渉し、浅丘めぐみを口説き落としたというエピソードを聞くと、鬱病だったなんて信じられない。迫田さんからはパッションしか感じられない。何十人ものスタッフを集め、プロダクションを作り、ひとつの作品を完成させた彼には エネルギーしか感じない。私なんかより よっぽど心に力があるじゃない!と思った。
映画に描写されているその繊細さが、彼の強さの裏側にある 敏感な感性から生まれているということなのかな。
「日本人はすごいよ! 日本人のアーティストは マジすごいよ!」
ひさびさに集まった酒の席で、日本人の女友達に 熱く語る私。
日本人はすごい、アメリカにいて 改めて日本の事を考える事って めったにないど、この日本の若者の アーティスティックな才能を見たら そう思わずにはいられなかった。アメリカに居ながら、同郷の勇姿に感動を与えてもらっているよ。
Kiki
Mono
「父の愛人」- My Father’s
Mistress
Mr.
Hood Independent film Festival
おいしい話 No. 67 「男の出る幕」
「バーベキュー」となると なぜ日常台所に立つことのない夫達が、裏庭に現れ、火をおこし始めるのだろう。普通のSunday
BBQでも、Holiday BBQでも、キャンプでのBBQでも、普段消えている男たちが わさわさと動き始める。これはアメリカンカルチャーなのか。どこから 発生して、こんなに どこの家庭でも見られる現象となったのか。なぜ、いつも食事の準備をする妻達が 外でも腕を振るわないのだろうか。
たまに天気のいい休日は、妻達にゆっくりしてもらいたい、という労いの気持ちなのか。ゴウゴウと燃え立てる火を操るのは、女には危険過ぎるという保護の気持ちか、BBQ台の前に立ち、腕の袖を捲くり上げ、熱と奮闘しながら 肉の塊を焼く姿が、Masculineに見えるからなのか。
BBQに拘る夫達は、普段料理はしなくとも、自分があみ出した自前のBBQソースや、肉を漬け込むマリネソースがあったりする。このソースの旨味を生かした焼き方をするのは、自分しかいない。
アメリカンカルチャーとおぼしきや、似たような光景が、日本の鍋の宴でも 見られるような。鍋奉行と呼ばれる鍋通が、拘りのダシから具から 鍋を作り上げていく。横入れは禁物。「出来た」というゴーサインが出るまで、神妙に待つしかない。この鍋奉行、かなり高い確率で 男が多い。
ハビーの実家も、週末のBBQは パパが動く。裏庭に設置された 銀色に輝くガス仕様のBBQ台のカバーが取られると、そこから 彼の小さな世界が 開かれる。ハンバーガーの時もあるし、ステーキの時もある。チキンのモモ肉や、サーモンの時もある。脂が落ちる度に ガガーっと激しく火が立ち上がる。煙がもくもくと昇り、視界を一瞬消す。蓋を下ろして蒸し焼きにする。ころあいよく蓋を開けると、熱気の盛りあがりと共に 香ばしい匂いが庭中に広がる。豪快さを感じるけれど、実は とっても シンプルに思われる、BBQ料理って。 男が率先する根本の理由はナンなのだろう。
火の調節とか、焼き時間とか、妻にはわからぬ微妙な加減度があるのか?
先日ハビーの家族がうちに遊びに来た。
丁度 留守番を頼まれた知人宅にBBQセットがあるから、今日のDinnerは その家の庭でBBQをしよう、ということになった。
簡単に New Seasonsで すでにマリネされているShish Kabobsを数本と、チキンの胸肉を購入。下準備はグリル用の野菜を切るだけ。火さえ点けば、あとは 焼くだけでいい。
知人宅に着いて、台所で買い物袋を広げている間に、パパの姿が消えた、と思ったら、バタン!と裏庭に続く網戸の閉まる音がした。ヒョイっとキッチンの窓に目をやると、すでにBBQセットの前に立ち、チェックをしているパパがいた。蓋を開けたり締めたり、ガスのボンベの場所を確認したり、カチャカチャと点火ダイアルを回したり。そこに今度はハビーが 参加する。BBQセットの裏側に回ったり、下から覗いたり。どこの家庭のBBQセットも似たり寄ったりだと思うが、人んちのとなると勝手が違うのか。火が点かないなんていわないでよ。
「We got it」 数分後、点火成功に満足気な男たちがキッチンに戻ってきた。渡したビールの味わいもそこそこに、パパが手際良く 買ってきた肉たちをトレイに載せ、また外に出て行った。切った野菜のトレイを外に持って行くと、もうジューという 肉の脂が飛び散る音と共に、グリルが始まっていた。
ふと 思った。
なぜ、パパが焼いているのか。
なぜ、彼がBBQ担当になっているのか。お願いしたわけでも、役割分担したわけでも、オファーされたわけでもないのに。その率先した、責任感のような、あたりまえのような、暗黙の了解のような彼の行動は いったい何なのだろう。
今まで何度も家族でBBQをして、そんな疑問を持ったことはなかったのに、なぜ あえて今日、そう不思議に感じてしまったのか。他人の家の 他人のBBQセットでも 自然に動く、同じ反応のパパを見たからだろうか。
「うちのダンナのBBQポークリブは最高なのよ。」 普段夫に気を留める事のない女友達が、BBQパーティになると 夫の料理の腕ぶりを褒める。妻からめったに褒められることのない夫が、唯一褒められるところ、しかも妻の友人が臨席する中で。BBQセットの前で、がぜんはりきる友人の夫を思い出した。
バーベキューと 男の出番。アメリカンカルチャーか、男らしさの投影の場か。
この絵、実に不可解だ。
Kiki
Posted on 夕焼け新聞 2012年 10月号
おいしい話 No. 66 「Bagby Hot Springs」
“Hot Spring”、と聞くと“温泉”、と解釈したくなる。
“温泉”と聞くと、日本の旅館のお風呂場を思い浮かべる。
“露天風呂”と聞くと、日本の旅館の露天風呂を思い浮かべる。
「BagbyのHot Springに行こう。山の中だからちょっとハイキングして登らなきゃいけないけどね。露天風呂もあるみたいだよ。」
というハビーの誘いを聞いた時、オレゴンの山奥にある“温泉場”をどう想像していいか わからなかった。
ちょっと古民家みたいな旅館風建物のしゃれた温泉場ではないだろうし、着替えをする小屋などなく、石で作られた天然風呂が殺風景な林の中にあるのかしら。そこに見知らぬ者同士が水着で入る。まさか混浴のヌード、なんてことはないよね。
居酒屋の次に日本を恋しく思うのが 温泉。 ザブン!と入り、ザバ~とお湯が 湯船からまけ出る音を聞きながら、ハア~ いい湯だね、アハハンと、肩までゆっくり浸かる。至福の時だ。
まあ 天然のお湯であることは間違いないようだから、それに浸かるのも悪くないだろう。日本の温泉みたいにお肌がすべすべになるかもしれないし。
Bagby
Hot Springは Estacadaという市にあり、Clackamas
Riverに沿って延びるHwy224を車で上っていく。ある地点で曲がり、今度はCollawash Riverを沿って走る。目的地は“Nohorn
Campground”の近くにある“Bagby Trailhead”という登山口。駐車場の先のハイキングトレールの入り口にテントを張ったおじさんがいて、Bagby温泉入浴料を回収している。一人5ドル。手首に巻かれる黄色いテープが支払い証明書。
ここから入浴場まで約30-45分ほどのトレールが始まる。きちんと舗装されているので過酷な登山というのとは違う。この舗装されている感じ、案外温泉場も綺麗な設備になっているのかも。
という期待感は、温泉場に着いた時に、風にさらわれた帽子のように 飛んでいった。美しいCollawash
Riverをまたぐ橋を渡ると、その川岸には立つのはボロボロの掘建て小屋だった。
ちょっと引き気味の私。
ハビーの言っていた、「知らない人でも一緒に入れるような風呂が外にあってぇ、」というのは、木の板でできた丸桶で、それが3台、掘建て小屋の裏側にある、Lower
Deckと呼ばれる場所にあった。一つの桶にはすでに先着組みが寛いでいた。あとの二つの桶は 空っぽ。お湯が入っていない。 温泉で桶にお湯が入っていないって、どういうこと?入れないじゃないの!
他の風呂場を探しにUpper Deckへと、掘建て小屋の階段を上がると、賑やかな声が 閉じられた戸の向こうから聞こえてくる。どうやら ここがハビーの言っていた「戸をちゃんと閉められる個室」らしい。5つの個室は満室。下のあの風呂桶に他人と入るのは ちょっと、、、と行き場のないハビーと私。
すると、ひとつの個室から入浴の終わったカップルが出てきた。すぐさまその部屋を陣取る。そこにはカヌーように内側を削った半分の丸太が横たわっていた。しかもまた お湯が入っていない、、、。
つまりは 一回使用したお湯は、終わった際に流して、次の利用者が改めてお湯を張る、ということらしい。まあこの施設の状態だったら、衛生上もっともな話しだ。その辺に転がっている木の栓を、風呂の底に開けられた排水口に詰める。木で造られた湯道は、何本かの枝切れで栓詰めしてある。それを抜くと、ドドーッとお湯が丸太風呂に落ち始めた。
日本の温泉ではないので 加減のいいお湯が注がれるわけではない。
天然湯、この熱湯を自分で丁度いい温度にしなければならいのだ。無造作に置いてあるプラスティックのバケツには 意味があったのだ。外にある水道の水をバケツで風呂場まで運び、桶に足していくのだ。これをタクマシイうちのハビーが5回往復した。こんな楽でない温泉旅行は初めて。
やっとほどよい温度と溜め具合になり、丸太風呂に入る。いくら大木とはいえ、肩まで浸かれる深さではない。ウチの風呂のタブと同じく、ごろ~んと横倒しならないと肩にお湯が触れない。入浴態勢が家と同じなんて、「温泉」感が出ないではないか。オレゴンの山奥のHot
Spring、で充分だ。
でもね、天然のお湯は天然のお湯。それを楽しめるのは贅沢なこと。ハビーのバックパックから 用意周到に持ってきたビールを取り出し、喉を潤す。お湯に浸かりながら 冷たいビール、最高。これよ、ここでは日本の温泉ではできない、こんな事ができるのよ!
(注意:Bagby Hot Springsでは アルコール禁止となっています。)
Kiki
Bagby
Hot Springs
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