Monday, January 20, 2014

おいしい話 No. 79 「トンカツの夜」



「明日の夜、うち出るから。」

女友達から電話が入った。

いよいよ来たか、この日が。胸がどきどき鳴り始めた。

「わかった。待ってるから。」

電話を切るなり ハビーに叫ぶ。「It is time for you to put away your crap in your studio!

旦那との間に問題が起こっている事を ずっと聞かされていたこの彼女、ハナ、別れたいと言い続けていた。いろんな事が噛み合わなくなり、ズレていくばかりの夫婦関係、修復の方に向かうどころか、どんどん状況は悪化していくだけだったようだ。

ガラクタをなんとか押し入れに突っ込んでいるハビーの横で 掃除機をかけながら、私はデジャブ―を感じていた。なんか 懐かしいこの感覚。夜逃げを手助けするのは初めてではないのよね。

10年ほど前、とっても仲良くしていた女友達から電話を受けた。「出る事に決めたから。」

オシドリカップルと思っていた友達とその彼氏。他人からは見えないところで彼女は悩み事を抱えていた。同棲生活5年、すでに二人でいろんなものを築いていたはずなのだけど、「もうこれ以上は無理」と、彼氏がいない間に出るという決心をした。彼女は身の回りのものだけを、詰めれるだけ詰め、スーツケース二個を引きずり、赤ワインのボトルを脇に挟み、私のアパートにやってきた。当時4畳半サイズのStudioに住んでいた私。彼女を待ちながら、ベッドの横の空いたスペースに座布団やらクッションやらを敷き詰め、小さな寝床を作っておいた。

トシを取ってくると、家族のように親密になる友達を作るのはちょっと大変、特に こんな外国人ばかりいるアメリカなんかにいたら尚更無理だろ、と思っていた。でも不思議な事に、一生付き合うことになるだろう女友達ができた。しかも 揃いも揃って 皆、問題話に尽きない、一癖も二癖もある女達ばかり。動物的で、原始的で、彼女達は 女の「ナマ」の部分をストレートに見せる。

なぜか、日本に居る時は そういう女の部分を見る事はなかったなあ。若かったからか、幸福だったからか。

マイノリティーとして生きるアメリカの地で、日本人の女がいかにサバイブしていくか、その意思と、野心と、理想、ここで出会った女達は、それを内に秘めない。

ハビーの仕事場に なんとか暮らせる空間ができ始めた。マットレスを敷きながら、シーツを掛けながら、私の思いがまたノスタルジックになって行く。「旦那がね、明日の夜、5時から10時まで居ないの。その間に、急いで荷物まとめて出るから、」電話でのハナの声。その感じ、すごーく身に覚えがある。

夜逃げを手助けした事があるばかりでなく、私も、夜逃げを助けてもらったことのある口だから。

十数年前、私も問題アリアリのRelationshipから逃げ出した。4年間同棲していた相手が12日の旅行に出てる間に、友達に車を出してもらい、早急に荷物を運び出し、当座友達の家に転がり込んだ。アタシたちの喧嘩の声を毎日聞いていた二階の女の子も運び出しを手伝ってくれた。

次の日の夜、ハナが玄関に現れた。小さなスーツケースと服をギューギューに詰めたTrader Joesの紙袋3個。彼女が栓の空いたワインのボトルをテーブルの上に置く。「気付けの一杯をやらないと、荷物をまとめられなかった。」

「ハナ、今日はトンカツだからね。」

久しぶりにお味噌汁のダシをとり、お米を炊飯器に仕掛ける。豚肉に塩コショウをかけ、卵を溶く。底の深いフライパンに油を注ぐ。

「アタシ、家でトンカツとかした事なかったな、すごい油使うと思って。でも それくらいでいいんだ。」ハナがキッチンに立つ私の横に並び、ワインの入ったグラスを差し出す。「何か手伝う事ない?」

「キャベツの千切り。」

手際良く、シャキシャキとキャベツを千切りにするハナを横目に見て思う。Relationshipて、いい時はいいけど、ダメになってきたらホント厄介なものよね。でも女達は、どんな問題が起こっても、「はいそうですか、じゃ、さいなら~」と簡単に去る事はしない。まずは戦う。とことん戦う。ぶつかって、跳ね飛ばされて、またぶつかって。涙も鼻水も流し切って、ヨレヨレになるまで 自分の幸せをそのRelationshipの中で見出そうとする。そして、相手との間を繋ぎとめる最後の線が切れた時、女は姿を消す。男がいない間に。

そうして 新開地を見つけ、志も強く前に進むが、また懲りずに「独りは嫌っ、パートナーが欲しいっ!」と叫ぶようになる。そんな厄介な女達と一生変わらず付き合いきれるのは、その厄介さを充分にわかっている女友達だけなんだろうね。



Kiki
 
Posted on 夕焼け新聞 2013年11月号

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