Sunday, May 15, 2011

おいしい話 No. 15「戻りたい店」

レストランで注文した料理の味が 想像と違っていた、とか 料理の仕方が期待いていた通りではなかった、とか 誰にでも経験があると思うけれど、その期待はずれが いい形で体験できれば、新しい経験ができたと、ポジティヴに終わることができる。たとえば 想像とは違っていたが、味は結構よくて、結局ぜんぶ平らげてしまった、とかね。しかし、想像とは違っているだけでなく、味もいただけない、ときたら もう気分の取り繕いようがない。が、小心者は ぐっと我慢して 葛藤しながらも とりあえずは食べる。たとえ小心者が気分を害したとしても、その表現は 無言のまま 皿にあからさまに残した料理に託すしかない。
そんな典型的な小心者の私とは違って ハビーはサーバーに客として「気持ちを伝える」ことをしないと気がすまない。いわゆる「それも彼らのビジネスのため」という信念から。けっして あわよくば タダにしてもらおうとか、おまけしてもらおうとか、そういうイヤラシ~イ下心からではない。

先日ダウンタウンにあるClyde Commonというレストランに出かけた私とハビーだったが、今風NW・Liberal料理のメニューのDescriptionに 二人の目はパチクリ。まったく想像ができない。闇鍋状態で 適当に前菜から注文したのだが、その中のひとつに 牛タンを使った一品があった。限られた想像能力では この料理のイメージをすることができなかった私の頭に浮かんできた絵は 焼肉屋で見る 薄くスライスした牛タンの塩焼きレモン添え。まさかこのレストランで牛タンの塩焼きが出てくるとは思ってはいなかったが、「牛タン=薄いスライス」の絵ははずすことができなかった。
アンチョビのフライ、ハリバットのサラダ、ホタテのマリネなど、次々にテーブルに置かれる皿を見ながら、わー こんな料理なんだあ、とその驚きと美味を楽しんでいたのだが、肉の塊をただボイルしただけのような一品が登場した時には、二人の呼吸が止まった。なんだこれは?しかもただボイルしただけのような大きな吸盤付き蛸の足姿添え。神経を払って創造豊かに作られたかのように見えた他の料理とうってかわったこの大胆シンプル料理。これが私の注文した牛タン料理だった。
日本じゃないんだから、いつでもスライスで出てくると思った私が間違っていたんだ、と自分に言い聞かせ、その塊にナイフを入れた。一口味見をしたハビーと私のさっきまで高まっていたテンションが急降下していった。味がない。口に残るのは独特の臭みだけ。薄いスライスにする理由が見えた気がした。いや まてよ、3日煮込んだ牛タンブロックのシチュウをよそのお宅で頂いた時は、ずーずーしく何度もおかわりするのを止めれなかったではないか。う~ん。ハビーと私の沈黙が続いていく。

嫌がらせではなく、ほんとうに我慢しても食べることができない、と皿を淵に寄せる私にハビーが「We should tell her」と提案してきた。えっ!と怯む私に「It’s ok」と余裕の笑顔の彼。これは「文句」ではなく、あくまでも僕たちの「感想」ということで、シェフの参考にしてもらえばいいんだ、との論理。せっかく こんなにいいレストランなのに、たった一品の料理のために イメージダウンになっていくのはもったいない、と正当化していく。ま、そういう風に相手側も受け取ってくれるといいんですけど、、、。
申し訳ありませんねえ、と半笑み顔を作る私の向かいでハビーがサーバーに「気持ちを伝え」てみた。すると どうだ。そのナイスなサーバーが、「To make up」ということで、デザートを運んできてくれた。ハビーと私のテンションは再び上昇! 彼女の心使いと、ホームメイドのグレープフルーツのシャーベットに、トークのエンジンも復活。こんなにすべてが美味しいのに、なんであれだけあそこで ミスったかなあ、と忙しくデザートにスプーンを運びながらコメントが入る。 が、しだいに それもシャーベットの甘さと共に溶けていった。はい、私たちの気持ちはすっかりMake upされました。

先にも述べたように、決して 決して おまけや割引を期待していたわけではない私だちが、デザートのサービスとワイン1杯分の割引を伝票で確認した時には、おおっ、と感銘の声をあげた。いやー 客の声を聞き、そして客の気持ちを大切にしようとするこの店はこれからも伸びていくね、なんて偉そうなことを言いながら店を出たが、本当の話、そういうところが、料理の良し悪しとは別に、戻っていきたい店になるポイントになるんじゃないかな。少なくとも うちのハビーと私には、そのように働くようです、、、。



Kiki



Clyde Common
1014 SW Stark St.
Portland, OR 97205
503.228.3333



Posted on 夕焼け新聞 2008年6月号

1 comment:

  1. 素晴らしい接客だぁ!
    しかし旦那様の勇気ある態度、見習いたいです。
    やっぱり、旦那様のそういうまっすぐな気持ちが、店員さんにしっかり伝わったんですね!
    うちの旦那は見かけ倒しで、何一つ言えない小心者だよ・・。

    ReplyDelete