もうかれこれ3年ほど キッチンのPantryに生春巻きの皮の袋が眠っていた。自分で生春巻きを作ってみようなんて思ったことなど一度もないのに、購入した記憶も全くないのに、なぜか生春巻きの皮が同じ場所に腰を据えていた。キッチンのPantryなんて、毎日100回ぐらい開け閉めして 食料をあさっているのに、その存在を知ったその日から、ずーっと その存在を無視し続けてきた。なぜ生春巻きの皮を直視してきたかというと、学生のころに一緒に住んでいたルームメートが、生春巻き作りに挑戦し、何枚も一緒に茹でた皮にてこずりながら、ぼろぼろ、ぐちゃぐちゃになっていく春巻きを目の当たりにしたため、その映像がトラウマになっていたのだ。
ある日、ついにもう、暗闇に横たわるその存在を無視し続けることができなくなり、生春巻きを作ることを決意した。インターネットで「生春巻きの作り方」と検索し、注意深く どうやったらあの微妙なRice paperを綺麗に茹でることができるのか調べた。そして ほほーっ これは以外に簡単かも、とやる気が盛り上がってきたのは、Rice paperは茹でない、水で戻すのだと知った時。一枚一枚戻して、具を乗せて巻いていけば、あの破れかぶれな状態にはならないのだ。
皮の問題はひとまずこれで解決。さて具の一つである麺であるが、日本のサイトで検索した時に「ビーフン」と出てきた。「ビーフン」て、昔 学校給食なんかで炒めたビーフンを良く食べていた気がするけど、本当はナンなのだ?ここで 非常に私らしいのが、ここから先、疑問を深く追求して検索していくという行動をとらない。他のレシピにはRice noodleと書いていたので、そちらで行くことに決めた。まあ、自分でしっかり下調べをしない、という甘さが祟ったのは実際買い物に行った時。たまたま行った韓国系の店で、ついでだから例の麺を買っていこうと思い立ち、乾燥麺のセクションに足を運んだが、まったくどれを手にしていいかわからなかった。通りかかった店の兄ちゃんを呼びとめ、生春巻きに使う麺はどれかと尋ねた。居合わせた友人が、ベトナム料理のことを韓国人に聞くのはどうなんだろう、と指摘したが、まったくその通り。彼が自信を持って勧めてくれた麺は、茹でると透明な春雨の麺に変わっていった。
急遽 春雨サラダとなった夕食をすすりながら、ハビーが私の物事に対する詰めの甘さに深い溜息をつき、翌日、正真正銘のRice noodleを買ってきてくれた。さて これで 全ては整った。あの3年越しのRice paperがついにPantryから出される日が来た。他の材料と共にRice paperの袋を並べ、料理に取り掛かろうとすると、また たまたま居合わせた友人が、Rice paperにしては色が白くないね、という指摘をした。そのコメントにピクッと反応したハビーが、完全に流そうとしていた私を横に押しやり、その袋を掴み、裏返してIngredientsを読み始めた。
色がほんのりベージュだったのは 小麦粉のせいだったらしく、ハビーの更なる調査によると、小麦粉製は揚げ春巻き用であり、生でなんかでは食べれたもんじゃないと判明。生春巻きは 我が家では伝説の一品となっていきそうな雲行きだった。
たとえ詰めが甘くとも、くじけず、諦めないのが私の良いところで、ハビーに本物のRice paperを買ってきてもらい(安心)、なんとぶっつけ本番、ポットラックパーティー当日に生春巻きを作ることにした。本当のところは、何度もバジルやらパクチやらモヤシ、海老などを用意することに疲れてしまい、練習する気になれなかったのだ。
あの白く、繊細なRice paperは水に浸して戻すと、透明な色になり、つるつるとした感触になる。茹でたNoodle、新鮮な野菜に海老や豚肉を乗せてうまいこと巻こうとするけど、これが容易でない。巻き上がりが なんかゆるかったり、なかなか綺麗に海老が姿を現してくれなかったり、異様に長くなったり太くなったり。きばって春巻きを提供することを公言した手前、悪戦苦闘する私の額に薄らと汗が滲む。そうするうちにも皿がてんこ盛りになっていった。
皮がくっつき合うのを避けるため、レタスを飾り兼、仕切りに使ったら、なんだかとってもおいしそうに見えたからすごい。訪れた友人から十分にお褒めの言葉を頂き、縁も酣となった頃には、見事にレタスだけが横たわるのみという状況になっていた。ピーナッツソースまで手作りというところまで今回はいかなかったが、長い道のりを経て、達成感を得ることのできた生春巻き作りだった。
あのRice paperだと すっかり信じられていた例の袋は、またキッチンのPantryの暗闇に戻された。揚げ春巻きに至るまで、この後どのぐらいの月日を、じっと眠り続ける事になるのやら。
Kiki
Posted on 夕焼け新聞 2009年5月号
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