Saturday, August 6, 2011

おいしい話 No. 24「回転寿司」

回転寿司で一番思い出深いのは、何年ぶりかに日本に帰った時。大阪の大使館でビザをおろしてもらうというのが 大体の目的で、二日ほど大阪のホテルに滞在した。9月だというのにものすごい蒸し暑さで、NWの気候気分で軽いコートなんか着てった私がアホに見えたのは間違いない。関空に降り立つや、軽いコートがずっしーんと、すでにパンパンのスーツケースを引っ張る腕に重くのしかかった。湿気が壁となって私の行く手を塞ぐ。「なんや これぇ!」と大阪人でもないのに 大阪弁が連発で飛び出した。
この蒸し暑さに、すんなりビザがおりるか、という緊張で、気分は低迷気味。次の日に朝早く大使館に出向き、長いこと待たされて、入館した後も、自分の名前が呼び出されるまで、手に汗を掻きながら、はらはらドキドキと待ち時間は続いた。審査官に冷たく却下の宣告を受けた申請者達を何人か見た後は、もう地獄の審判を待っているような気分。「アメリカにあるアタシのアパートどうなるんだろう」なんて心配までし始める始末。
1日中座り続けて やっと自分の順番が来た時は、あっけにとられるくらいあっさりと面接は終わり、問題なくビザが下りた。
大使館を出た私は、緊張から溶けて へろへろな骨抜き状態になりつつも、空腹で喉もカラカラだということに気が付き、近所の商店街を当て所もなく歩いていた。すると、回転寿司屋ののれんが目にとまった。ショーケースに飾られている蝋で作られた見本の寿司がものすごく美味しそうに見えた。ここは ひとつ、お祝いということで ぱーっと寿司でもいこうか、と自分を盛り上げ、そののれんをくぐった。
「-ぇい、-らっしゃいっ!」という勢いのいい声が私の入店を迎えてくれた。席に着いた私は 当然のごとく 中生ジョッキを注文。さっき「1日中」と大袈裟に言っていたが、本当はまだ昼前だった。女一人 昼前からビールをぐびぐびいく姿に一瞬ギョッとした様子の おやじだったが、気を取り直して、私が不自由していないか尋ねてくれた。
回転台をぐるぐる回る寿司は 今やもう回転台をぐるぐる回る寿司ではなかった。そのりっぱなこと! 回転寿司が上等になっている! 回転寿司も知らない間に ここまでなったか、と思った。ほどよい大きさの切り身のネタに、軽く握られたシャリが上品に横たわり、へたな寿司屋に引けをとらない見栄えを放っていた。
好物のイカやハマチ、サバなんかを次々と掴んで頬張っていると、きりりと手拭を頭に巻いたおやじが 回転台の内側で手持ちぶさに突っ立っていることに気が付いた。なるほど、回転寿司屋といえども、回っている物だけしか食べれないわけではない。回ってない物は 頼んで握ってもらえるのだ。
というわけで、おやじを働かせるべく、白身の魚や、ウニ、イクラなど、まだ人入り前で出していない寿司を一つ一つ注文した。
この おやじが握って、回転台ごしに渡される寿司は、シャリがほのかに暖かく、本当においしかった。重い心配事が肩から降りたことと、ビールがまわってきたことと、久しぶりの寿司ということなのか、雲の上の天国にいるような気分だった。
あれから 無事アメリカの自分のアパートにも戻ることができ、様々な年を重ねてきた現在の私であるが、その後も、たまに 一人で回転寿司屋に出かける時がある。たいてい、無償に「寿司」と名の付くものを食べたい、でも貧乏、という状況の時なのだが、機械からこぼれ落ちるシャリにスライスの魚の切り身をちょこんと乗っける、という職人作業を見ないようにすることが鉄則。
そんな中、初めて行ったパールディストリクトにあるマリンポリスで、大阪のあの回転寿司屋を思わす、嬉しい体験をしてきた。閉店間近だったからか、回転台が空き々で、自分の食べたい物が回ってなかったため、メニューから注文をすると、日本人らしき職人さんがささっと握って出してくれた。これが繊細で美味かった。ウニ、焙りサーモン、ホタテと、一品、また一品と、カウンターが回っていることも忘れて、寿司を握ってもらった。そのうち「トロのこんなとこ入ってますけど」なんて、メニューにない物まで登場したりして、私の座るその一角が、普通の寿司屋に化していた。
回ってなくても、回ってる値段。流れている物を食べろと怒られそうだが、これが私のお勧め、回転寿司屋でのおいしい食べ方ということ。



Kiki

Marinpolice Sushi Land Pearl District
135 NW 10th St
Portland, OR 97209
(503) 546-9933



Posted on 夕焼け新聞 2009年3月号

No comments:

Post a Comment