Sunday, October 9, 2011

おいしい話 No. 31「結婚と恋愛」

昔 もう何年も嫁に行ける機会も、暖かく心の広いオファーもなく、行き送れのレッテルを貼られ、自分は欠陥商品だと思っていた独身の頃、ありえないようなドラマチックな恋愛物語をよく夢想していた。障害に直面したり、トラブルに巻き込まれたりしながらも、最後には男前のお兄さんが現れ、そこからサラリと救い出してくれる。そして、当たり前のように恋愛が始まり、とんとん拍子に結婚に雪崩れ込む。
そんな夢を追いながらも、同時に、結婚したら恋愛はそこで終わる、とも思っていた。よく恋愛と結婚は別、なんて気取ったコメントをファッション雑誌なんかで見かけたりしたが、実は真実なんじゃないかと、冷静ながらも 半分脅されているような感覚で思っていた。
つきあっているボーイフレンドの話しをして盛り上がる独身女友達のことを羨ましいなあ、と思ったのは、たいがいその子が結婚式をあげて新婚旅行から帰ってくるまで。というのもボーイフレンドの話をする独身女の盛り上がり方は、勢いがあり、テンション高く、終わりがない。喧嘩をしただのなんだのと文句を言いながらも、イベントのプランは欠かさない。
しかし、あんなに恋愛に精を尽くし、盛り上がっていた女友達が、結婚という札を手にし、ハネムーンという壁をタッチして戻ってくると、テレビの前に横たわり、腹を掻きながら微動だにしない。ロマンチックで素敵だった王子様は、「うちの亭主」呼ばわりで、結婚前には聞くことのなかった欠点が延々と披露される。
こんなに独身人生が長いと、こういう現象を周りでみる回数も必然的に増え、早く独身おサラバしたいところだが、果たしてそれでいいのだろうか、という不安も間違いなく植えつけられた。結婚がゴールではない、という名言を吐いた人がいるが、実はゴールなのでは、と密かに思ったものだ。

そんな私もついにハビーと出会い、本当に100年待った気分で彼の白いタイツにしがみ付いた。あの手、この手を使いながら、やっと「めでたし、めでたし」で、本を閉じるところまできた。
さて、ここから、「ずーっと 幸せにくらしたそうな」というのを実現するにはどうしたらいいのだろう。
マリッジライセンスにサインをしてから早数年経つが、別ものとされている結婚と恋愛をブレンドするのには、かなりの努力が必要だ。ゴールのはずが、休んでいられない。継続は力なり、そして 愛なり!
私が思うに、夫婦で食事を一緒に取ることが、ひとつの秘訣じゃないかと。人間が生きるために、欠くことのできないのが食事であり、美味しいものを食べると至福の時を感じる。そして恋愛中のデートには、必ず、このひと時がプランに入っているではないか。

先日ハビーと仕事の後、待ち合わせをしてバーで一杯飲んだ後、チャイナタウンにあるPingという居酒屋風アジア料理の店に行った。ちょっとタイ料理の傾向がありながら、串焼きなんかもあり、ガラクタ屋から収集してきたような昭和レトロのオブジェやポスターなど、懐かしい感じのお店だ。おしゃれなんだけど、高架下のイメージで、最近の私のお気に入りである。
私のお気に入りということは、もちろん皆のお気に入りということで、木曜日の夕方とは言え、満員御礼がでていた。開いている席がないと言われ、口を尖らせながら恨めしげに店内を見渡すと、友人カップルが窓側の席に座っているのが目に入った。
すかさず駆けつけ、どうしてるんだ、と尋ねたら、ダウンタウンで働いている彼女が引けるころに、ビーバートンで仕事を終えた彼が、バスに乗ってにやって来て、一緒にご飯を食べに来た、というではないか。以前私が、Pingに来たら絶対飲むようにと、熱く語って勧めた芋焼酎のグラスが二人の手にあった。結婚8年目のこの夫婦、私に希望を与えてくれた。第一に 明らかに会話があり、新しい物に興味がある。そして 美味しいものを食べるという至福の時を喜んで分かち合っている。
ゴールだとか、別ものとか、そこに区切りや境をつけようとせず、出会った頃から継続していくもの、という捕らえ方をしたら、時間や食事をシェアしていきたいという気持ちも変わらず在り続けるのではないかな。花火のような盛り上がりの熱は下がったとしても、床暖房のように、変わらず、心地よい暖かさのある恋愛が、結婚の中に生存するはず。
結論:釣った魚と一緒に餌を食べるべし。

Kiki


Ping
102 NW 4th Ave.
Portland, OR 97209


Posted on 夕焼け新聞 2009年10月号

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