Thursday, October 20, 2011

おいしい話 No. 32「魔法の煮込みハンバーグ」

昔一緒に住んでいたルームメートが時々作っていた煮込みハンバーグが 突然、無償に食べたくなった。彼女のハンバーグは、1個でお腹いっぱいになるジャイアントサイズで、何をどうやっているのか 私が過去に作ったハンバーグより柔らかく、お箸で割ると 肉汁がじゅわーっと出てくる。そうとう煮込んでいるとみられるデミグラスソースのような洋風ソースは、こってりまろやか、ご飯が進む進む。
当時、彼女が台所に立って、この煮込みハンバーグに取り掛かっている時は、ろくに注意も払わず、カウンターの端にひじを乗せ、ワインを飲みながらボーイフレンドの話やゴシップを捲くし立てていたもんだから、作り方なんぞ 知る由もなかった。
アメリカにはデミグラスソースの缶が売られていない、とか ココアパウダーが隠し味なのだよ、驚きじゃない?とか 言っていたが、出来上がりを待つのみの私は ふ~ん、と相槌をうちながら、右から左だった。
彼女が遠い街に引越ししてしまった今、XXちゃんの煮込みハンバーグが食べたいなあ、なんて甘えても 作ってもらうことはできない。この収まるところのない欲求を満たすには、自分で取り掛かるしかない。ということで 彼女に緊急メールを発信した。
求む:煮込みハンバーグのレシピ。

翌日、彼女から 返信メールでレシピが送られてきた。こっそりそれを会社のプリンターで印刷し、仕事の帰りにマーケットに直行した。まずは ハンバーグの材料から、と ショッピングカートを押して 精肉コーナーに。分量を確認するために 例のコピーをかばんから取り出して開いた。「ハンバーグの材料:牛&豚 挽肉、玉葱、にんじん(お好み)、ニンニク(お好み)、卵、パン粉、牛乳。」分量が書かれていない。「煮込みソースの材料:ケチャップ、中濃ソース、赤ワイン、デミグラスソース(なかったら無糖ココアパウダー)、マヨネーズ、水、トマトピューレ、チキンブイヨン、塩コショウ。」ここにも分量は一切書かれていない。紙を握る手のひらに ジワリと汗がにじみ出た。
とにかく、大量に作ってお弁当用に保存するつもりでいるから、挽肉は大目に買っておこう、と判断し、牛と豚を合わせて2LB包んでもらう。だいたいの材料は家にあるけど トマトピューレがない。トマトソースのコーナーに行くと、「トマトペースト」はあるが「トマトピューレ」が見あたらない。「ペースト」と「ピューレ」の違いはなんなんだろう。しばらく悩んだが、「同じようなもんだ」という結論を出し、カートに入れる。「中濃ソース」ってどういう意味だろう。それって「とんかつソース」と同じようなもんだろうか。とんかつソースなら家にあるんだけど。ということで、これも代用決定。

家に帰って エプロンを掛け、材料を並べ、まずはハンバーグから、と例のコピーをまた取り出した。「普通のハンバーグの作り方と最初は同じ。作ったら、、、」と、彼女の作り方手順はそこから始まっていた。

ハンバーグってどうやって作るんだったっけ、、、。

一瞬硬直した私の体から手が伸び、電話を掴む。「あのさあ、みじん切りにした玉葱って炒めるんだったけ?」「う~ん、たぶん炒めると思う。私は面倒くさい時はそのまま入れちゃうけどね。」「パン粉ってどのくらい入れるの?」「う~ん、適当かな。」「煮込みの調味料はどのくらい入れるの?」「う~ん、それも適当かな。味を見ながらちょっとつづ入れていくと わかるよ、自分で。」
彼女の作り方手順は、ケチャップとソースは半カップぐらいかな、とかココアパウダーは2、3杯か もうちょっと、とか、ブイヨンは2個ぐらい、とか、アバウトな目安で最後まで通されていた。
「30分くらい煮込んだ後に、バターと小麦粉で炒めた玉葱とマッシュルームのスライスを追加して更に30分煮込む。」そして、「多分、こんな感じ。」と締めくくられていた。料理の経験があり、想像力豊かな人しか作れないようなレシピだ。私の唯一の頼みは、彼女の煮込みハンバーグを愛した我が舌のみ。あの味にむけて味見をしながら教えられた調味料を鍋に投げ込んでいく。

1時間後、2日くらい煮込んだのではと思われるような こってりソースの柔らかい煮込みハンバーグができあがった。あんなに適当に作ったとは思えない出来ばえに大感激。なんて大雑把で、簡単で、見た目が豪華な煮込みハンバーグなんだろう。そうかあ、だから彼女も 一緒になってワインを飲み、私のゴシップに大いに同調しながらも、余裕でこの料理ができたわけね。


Kiki



Posted on 夕焼け新聞 2009年11月号

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