Saturday, February 25, 2012

おいしい話 No. 51「それが伝説となる時」

死刑の制度を持つべきか、持たぬべきか。中絶を許していいのか許さぬべきか。脳死を「死亡」と判定できるのか、できないのか。
これらは、アメリカの学校で与えられた Paperやクラス内討論のテーマ。小さい頃から 教育課程の中で、自分の意見を持つ事に慣れているこちらの学生達からは ああだ、こうだ、とためらうこともなく発言が飛び交う。「私はこう思う」という言葉が自信を持って出てくる。
その中で、日本で 先生が黒板に書く事柄をノートに丸写ししたり、先生のレクチャーをただ聴いているだけの、受身の授業を受けてきたせいか、自分の意見が沸いてこない事に困り果てた。こういうシリアスな社会問題に対して生徒同士が討論を交わし、反対意見を持つ人に対して 自分の意見が納得されるよう説明する。そんな討論を行う事やPaperを書く事などなまったくなかった。したがって、ただ中間地点に立ったまま どっちにも転べずにいた。

そんな意見のない私の脳みそが ぴくっと反応したことがある。それは、昔クラスでワシントン州のMakah族が その生活であり、文化である捕鯨に対して非難を受け、年間に漁ができる数を制限されるようになった、という事を学んだ時。日本も世界から圧力を受け、捕鯨量の制限をうけた。イルカの漁をする漁村も強くバッシングを受けた。捕獲量が多すぎると 海の自然のサイクルを崩すことになり、その種の絶滅にもなる、だから保護される必要がある、という理由はよくわかる。でも、それらの攻撃の目は、ステーキやハンバーガー用の牛や、フライドチキン用の鶏や、Thanksgiving に大量に店頭に並ぶ七面鳥や、ベーコンとなる豚の大量スローターには向けられない。Politically incorrectだといってVegetarianとなってサポートしている人はいるけれど、世界的の攻撃の的になっている州や村はない。なぜ?これらの動物は、繁殖力があるから?鯨やイルカと違って、Intelligentでないから?
そして、ふと思った。昔から鯨を取ることで生計を立ててきたMakah族の暮らしはどうなるのだろう。一本の丸太から作ったボートで儀式をもって行う捕鯨。一頭の鯨から、食用の肉だけでなく、脂や皮や骨などを使い、あらゆるProductsを作り出す。そうやって家族を養い、その文化を育てて来た人達はどうなるのだろう。そんな風にQuestionしないではいられなかった。

先日、ポートランドのローカルラジオ局が中国の鮫漁に対して、討論を交わしているのを聞いた時も、同じ疑問が浮かんできた。ラジオのマイクに向かってしゃべっている人達は、高価なふかひれスープの食材として高値で売れる市場があるため、中国が鮫の大量捕獲を行っている、ということに遺憾の意を表している。ヒレだけを切り落とし、胴体はそのまま海に捨てる、そんな残酷な漁を止めるべきだと訴えている。

そして、この人達が ポートランドで一番有名な中華料理店の名前を出し、この店からふかひれスープのメニューを除去するべきだ、と声を張り上げているのを聞いた時は、驚いた。街で一番有名だからこそ、ふかひれスープのメニューを持つすべての中華料理屋の先頭に立ち、見本となって欲しい、そうすると他の店も見習うようになり、その一品をメニューから抹殺することができるだろう、となんとも勝手なLogicを言っている。そうすると、鮫をCruelな漁から救うことができるだろう、と。鮫漁が正当か正当でないかはわからないけれど、こうやって一個人に対し、公の場で圧力をかけるのはどうなのだろうと思った。
結婚式など祝い事の席には欠かせない一品として、成功や、裕福であることのシンボルとして、中国の長い歴史の中で 人々の生活に息づいてきたひとつの食文化。名指しをされたその店も、そういうCultural Backgroundの元、当たり前のようにその品を出しているのだ。

それぞれの国や、街や、村には、大昔から受け継がれてきたそれぞれの文化や習慣がある。その中で独自の価値観を持って人々は育つ。すべては、当たり前で自然なこと。それを違う文化や習慣の中で、違う価値観を持った人達が、いちがいに「あなたは間違っている」と断言していいものなのだろうか。

こういう問題はとっても複雑で簡単にジャッジできる事ではないけれど、他文化に対する偏見や主観的な見方がだけで判断してほしくないと思う。
どうせフェイクのふかひれスープしか食べたことのない私は、その一品がなくなることに嘆きはしないが、いつか ふかひれスープが 語り継がれるだけの 幻のスープになる日が来るのだろうか、と思いをはせる。




Kiki


Posted on 夕焼け新聞 2011年6月号

Saturday, February 18, 2012

おいしい話 No. 50「スポーツとビールとチキンウイングス」

文化系で、スポーツの世界から180度離れたところにいる、完全なる「Nerd」だと思っていたハビーが 最近スポーツに興味を持ち始めた。といっても スポーツをする方ではなくて、観戦する方。まあ スポーツ狂も ある種のNerdではあるわけで、そのスポーツ狂の、特にBlazers die hardの友人に感化され、ハビーも次第に そのハシクレのような行動を取り始めるようになった。
最初は この友人が買ったBlazersのシーズンチケットを 彼が行けない日に貰い、Rose Quarterで観戦したことがきっかけで、そのうち自らインターネットでスコアをチェックしたり、ダイジェスト版をYoutubeで見たり、気がついたらチームの選手全員の名前を覚えるまでになっていた。

Nerdもどうかだけど、Typicalなアメリカのスポーツ狂でないことは救いだ、と思っていたのに、、、。ハビーの異変に脅威を感じるようになり始めた私。
選手の誰それがケガをした、誰それが調子が悪くて得点が取れない、誰それが考えられないほどのすばらしいパーフォーマンスをした、という事をいちいち私に報告してくる。名前を言われたって誰だかわかりゃしないのに、フンフンと上の空で聞いている事にもおかまいなく、彼のスポーツ解説は続く。そして そのうち、今まで どちらかと言えば毛嫌いしていたスポーツバーにまで足を踏み入れるように。クリスマスにパパからもらった初Blazersスエットシャツを誇らしげに着て、ゲームにでかけるハビー。実際のアリーナでのゲームだけでなく、近所の場末のスポーツバーに行く時にも、そのシャツにわざわざ着替える。ハビーが一番避けたいタイプの男になっていった。

ところが恐ろしいことに、どんなに上の空で聞いていようがおかまいなしに、Blazersの選手達やゲームの進行状況を伝えてくるハビーのお陰で、「誰それ」としか聞こえてこなかった選手の名前が、Brandon Royだったり、Andre Millerだったり、LaMarcus Aldridgeだったりと、わかるようになり、次第に その顔が一致するようになってきた。

私もファンになってきていると判断したハビー、BlazersがPlayoffに進出する事が決まった興奮も含め、そのスポーツトークに拍車がかかる。
「Playoffで最初に戦う相手はDallasだ。これはもうBig Screenで見るしかないぞ!」近所のちーちゃいテレビのモニターでは臨場感を味わえないという。インターネットで調べて出てきたのが、チキンウイングスで有名な「Buffalo Wild Wings」。

チキンウイングスの魅力とハビーのしつこさに負けた私は、Buffalo Wild Wingsに付き合うことにした。待ち合わせをしたDowntown店に入ると、いつものBlazersシャツで準備万端のハビーがしっかり確保したテーブルから手を振る。店内は同じくチームシャツを着て狂ったファン達で満員状態。どの席に座っても、どの角度からでも、モニターを見逃すことがないよう何台もの大型フラットスクリーンTVが店内の壁じゅうに掲げられている。恐るべし、「スポーツバー」である。
頭を横に振りながら ラミネートされたメニューに目をやる。チキンウイングスは「Traditional wing」と「Boneless wing」があり、フレーバーはMildからSpicyまで14種類。いくら辛いモノ好きの私でも「Keep away from eyes, pets, and children」と書かれた当店で一番辛い “Blazin”は避け、”Hot”, “Again Zing”, “Spicy Garlic”の3種類にしよう、なんて考えている時に、「わー!」という大歓声が店内中に沸き起こった。驚いて顔を上げると、老若男女が、大きなビールのグラスを片手に、スクリーンに向かって、ソースで茶色くなったもう片手を振り上げている。得点を入れた、ボールを奪われた、ファウルをした、3ポイントを入れた、ダンクシュートを入れた、などという度に店内のオーディエンスの熱気が上がる。

「すごい! My boy、Andreがまた点を入れた!」と叫ぶハビー。
ビールと店内の熱気に酔ってきた私も、気がついたら 思わず声援を上げていた。私も「My boy is good too!」と張り合う。スペインからやって来たカーリーヘアの ちょっとかわいいRudy Fernandezが、今日から正式に 私の「My boy」となった。



Kiki



Buffalo Wild Wings
www.buffalowildwings.com


Posted on 夕焼け新聞 2011年5月号

Wednesday, February 8, 2012

おいしい話 No. 49「人の心」

3月11日に発生し、東北地方を中心にした東日本に、多大なる被害を与えた大震災。震度9の地震は 想像を絶する大津波を引き起こした。

普段テレビを見ることもない私のところに、友人から泣き叫ばんばかりの声で電話があった。すぐさまテレビをつけると、ローカルのネットワークが地震直後の現場の状況を、上空からの映像と共に報道していた。そこはもう津波が襲った後の仙台空港だった。

おもちゃのように街中を流れる車や船。屋根まで水に使った家並み。頭が混乱したまま、テレビの前に立ちすくんだ。
「日本に何が起こっているんだ。」

翌日、その次の日と、日を追う毎に増え続ける死者と行方不明者の数。命からがら逃げ延びても、家族を亡くしたり、離れ離れになってしまい、行方がわからなくなってしまったと語る避難場所の人々。
もうそこには 絶望という言葉しかなく、失意のどん底で、生きる意欲などわかない状況であろうと想像し、胸がえぐられるように痛んだ。

遠いアメリカにいる私達に 何ができるのだろう。

震災から一週間後の3月18日、“Vigil for Earthquake and Tsunami Victims in Japan”と名打った東北太平洋沖地震犠牲者のための追悼集会が、ダウンタウンのパイオニアスクエアで行われた。"Candlelight Vigil For Japan PDX" という、PSU/PCC/UOの生徒わずか数人で立ち上げたグループが、自分達だけで この追悼式をすべて計画し、実現へと運んだ。情報は主にメールを通して、Networkを走り、広がっていった。

当日、広場には、ポートランドに住む日本人だけでなく、日本人と友人や家族となったアメリカ人や他国籍の人々も、キャンドルや日の丸の旗を手に大勢集まった。私がこの追悼式開催の情報メールを転送した友人達も みんなキャンドルを持って集まった。
数人の参加者が、「がんばれ日本」のサインを掲げていた。様々な状況や境遇の中で、「がんばれ」という言葉を掛け合う、それが日本人なんだ、それが私達の文化なんだ、と 心で改めて受け止め、再認識した。

Portland市長のSam Adams氏や、在ポートランド日本国総領事の岡部孝道氏が、亡くなった方々の冥福を祈り、日本を励ますスピーチを行った。その最中に、激しい雨が降り出しても キャンドルが濡れて消えないように、手で覆いながら、人々はそこから去ることはなかった。黙祷を捧げた一分間は、静まり返った広場に ただ傘やテントに雨が落ちる音が響いた。集まった皆の「想い」が一つになった瞬間だった。

ポートランドの太鼓グループである「Takohachi」が素晴らしい演奏を行い、集まった人々の心に力を与えた。
太鼓に打ち付けられる大きな一振り一振りの音が、一人一人の心に浸透し、皆の願いを救い上げ、空に舞い上がり、一つのエネルギーとなり、光のように日本の向かって走った。
目に見えるものでもなし、科学的に証明されているわけでもないけれど、人の想いは、同じ願いを持った人々が集まれば集まるほど、パワフルで、ポジティブなエネルギーを放つと信じたい。

Mercy Corpsのボランティアの人達が寄付を募る。彼らが掲げた赤いバケツを目指し、20ドル札を握りしめ、人混みを縫う。私ができることは わずかな寄付金と、想いのエネルギーを届ける事。そして、それはこのパイオニアスクエアに集まった誰もが同じだった。

震災が起こったその直後から、一瞬として時を待たず、日本各地から、世界各国から、援助金や支援物資、救助隊員が送られてきていることが報道された。
そして、この戦後最大の災害の中、被害地の人々がどんなに協力しあって 救済所で暮らしているか、譲り合いや、相手を労わることを忘れない、秩序と道徳を敬う日本人の心は失われていない、ということも沢山の記事に書かれた。

人の心はすごい。
皆が平和でシアワセな生活ができる術を 一人一人が心に持っている。
戦争や他の争いで傷つけあってきた人類だけど、無防備に惨事に遭い、苦しんでいる人達には手を差し伸べずにはいられない心が起き上がる。

そして、どんなに絶望のどん底に立たされても、すべてが崩れ落ちた瓦礫の荒地に置き去りにされても、人々は立ち上がり、再建へと労を注ぐ。日本にはそれを何度も繰り返してきた歴史がある。日本人の心の強さは、健在なはず。今回も必ず、この崩壊から新しいものを造り出し、また笑える日を迎えるべく、前進し続けると信じている。

Kiki





Mercy Corps Headquarter
45 SW Ankeny St.
Portland, OR 07204
http://www.mercycorps.org/


Candlelight Vigil for Japan PDX
Email: vigil4japanpdx@gmail.com
Cell Phone: (503)764-8383

Shokookai of Portland
Japanese Business Association of Portland
(503) 644-9579


Posted on 夕焼け新聞 2011年4月号

Sunday, February 5, 2012

おいしい話 No. 48「Ti amo!」

私だけが ポートランドに住んでいる唯一の日本人のように思う時があるけれど、蓋を開けてみると そうでもない。私のように ふらりと丸太のようにたまたまオレゴンコーストに流れ着いた日本人もいれば、大志を抱えて、お偉い使命を授かって、わざわざこの土地にやって来た日本人もいる。私のように 美味しいものを食べて飲んでさえいれば人生はすばらしい、と思う者もいれば、胸に抱えた熱い志を全うする事に、命をかけ、生きる喜びを見出す者もいる。
在住暦10年、15年、20年など、もうすっかり定住している日本人もいれば、わずか数ヶ月、という人もいる。日本にいれば会うことなどなかっただろうと思う人達と、日本から遠く離れたアメリカのポートランドという町で、出会い、今まで交差することのなかったそれぞれの道が 交わる。
人生のストーリーをシェアし合い、他人の生き方を学び、そして 自分を振り返る。同じ日本人だからこそ、共感したり、習うところの重みは深い。まさに「一期一会」である。

そんな貴重な出会いを大事にしようじゃないかということで、たまたま出会った見ず知らずの日本人達が集まることになった。テーブルを囲んで、酒を酌み交わし、一期一会を実感するのだ。この場所に至るこれまでの経緯をシェアし合い、しみじみと人の出会いの不思議さを味わう。日本人であることの喜びを感じる。

「What would you like to drink?」とイタリアン訛りのウエイターが 私達のテーブルにやってきた。ダークなカーリーヘアーに 長いまつ毛、その奥にキラキラと光る美しい瞳。「イエーース?」と短いまつ毛をばたばたさせて聞き直す日本人女性陣。「What would you like to drink?」と素直に質問を繰り返すイタリアンボーイ。「あなたのお勧めは何かしらん?」とさらにまつ毛をばたばた。日本人男性陣、沈黙。選んだレストランが間違っていたか。
Piazza Italiaでの、日本人の古き良き文化と心の交流、一期一会の会は、まさに一瞬にして終了し、積極的な国際交流の場へと 幕が展開していった。
「I would recommend….」「We’ll get that one!」
男性陣に相談もなく、イタリアンボーイのお勧めのワインをボトルで注文。キッチンに戻っていくウエイターの背を目で追いながら、「何でイタリア人て、あんなにキュートなの」という溜息まじりのコメントが出る。目がハートの日本人女性陣と、目が点の男性陣。「まさにイタリアにいる感じよね、このレストランって。」イタリアに行ったことがない私の言葉に誰も意を止めることなく、「ホントよねえ」と同意の発言が後を追う。

移民のイタリア人によって、本場のイタリア料理を食べたい、という思いから始まったPiazza Italia。2000年にオープンしてから家族、友人によって運営され続けている。店内の壁から天井から、至るところにサッカーチームのユニフォームが飾られ、ファンシーなレストランにはあらからぬ大きなフラットスクリーンのテレビでサッカーの試合が放送されている。ウエイターが 仕事中に 試合の経過をチェックして 一喜一憂する姿を見ても許されるのは、それがやんちゃなイタリア人なんだ、というイメージ的先入観のせいだろうか。

イタリア人のおじいちゃんが奏でるシシリアン セレナーデをバックグランドに、従業員から客からイタリア語が店内を飛び交う。その雰囲気とワインにすっかり酔った女性陣、気分はイタリアのゴージャスな女性。メインコースの注文を取りに来た先のウエイターへのアプローチに拍車がかかる。
「あなたのお勧めは何かしらん?」「I would recommend …」「we’ll get that one!」
「あなたの名前は?」「イタリアのどこから来たの?」「イタリア語でI love youって何て言うの?」

ポートランドに住むイタリア人の、家庭的でカジュアルで陽気なレストラン。訪れる人が故郷を思い出し、その文化をシェアする場所。イタリアでは出会うことがなかったであろう人々が、ここで家族になり、友人になる。3時間居座った私達日本人グループもすっかりその一部として、温もりのひと時を分かち合った。「3時間もいるぜ、俺達」の指摘に「いいの、イタリア人はこれくらい時間をかけて食事をするんだから!」とイタリア人Kが長居を正当化。
習ったばかりのイタリア語「Ti amo」を連発するイタリア人Mは、すきあらばウエイターのほっぺにチューをしてやろうという勢い。

一期一会、一生に一度の貴重な出会い、決して 無駄にしてはいけません。

Kiki




Piazza Italia
1129 NW Johnson Street
Portland, Oregon 97209
503-478-0619


Posted on 夕焼け新聞 2011年3月号