子供の頃、ご飯を食べていると機嫌がいい、とよく言われた。母親に叱られて泣きじゃくっていても、「ご飯ですよ」の一言で それはぴたりと止まり、自分の大好物な豚の生姜焼きだった時には、涙と鼻水でぐじゃぐじゃな顔から にんまり笑顔がこぼれていたようだ。
その習性はいい大人になった今も変わらない。カクテルが入るとその機嫌の良さがグンと増すようだが。「美味しいものを食べに行こう」と前振りをされただけで、笑顔になる。美味しいものを口にするだけで、高揚する。そして、「おしかったね」を連呼して満足する。そんな単純に食をエンジョイするパターンだったが、最近それに ひとつのステップが加わった。ちょっとオタクの入ったうちのハビーが料理に興味を持ち始めてからは、使われた材料をGuessしないではテーブルを立てないようになった。
「ナントカのマリネ」とかいう一品だと、そのマリネソースのレシピを用心深く舌の上で分析する。「ナントカのソース添え」も、ソースだけを必ずフォークの先で救いあげ、何度も口に運んでアナライズする。プロのシェフ気分だ。さすが、料理の本を読みまくっているハビー、私の聞いたことのないハーブやスパイスの名前をあげる。果たして それらの味の検討がつくものかと思いきや、コレはカイヤン、ケッパー、クミン、という具合にいくから不思議だ。
先日、近所のバーレストランRadio Roomの「Between The Button」を注文した時も、同じステップが踏まれた。それは グラタン皿に盛られたボタンマッシュルームの一品。オーブンから出されたばかりの熱々のマッシュルームから出た水分と合えたソースが、ぐつぐつと皿の底で煮立っている。フランスパンが添えられていて、そのソースに浸して食べる。美味しい物を食べている喜びで勢いがつき、マッシュルームがあっという間に無くなった。ソースも一滴も残すまいと、フランスパンを擦りつけて食べている、その時にハビーの質問が始まった。「このソース何で 出来てると思う?」
確かに美味しいが、何でできているかはわからない。
クリーミーだとすぐグラタンのホワイトソースを思い出すが、小麦粉が入っている食感ではないよね。バターと、まあ こういうタイプの料理だと、たいてい白ワインが入っているよね、と歯切れの悪い感じでリストアップしていると、ニンニクとシャロットも もちろんだね、とハビーが断定口調で入ってきた。あと生クリームとパセリ、それから 塩、コショーってとこかな。
「じゃあ このオレンジ色はどこから来ているの?」という私の質問に、ハビーの息が止まった。そうなのだ、ずっと気になっていたのだが、このソースはオレンジ色をしていたのだ。ハビーが素早くちぎったパンを ソースに浸して口に投げ込んだ。うーん、トマトでもないし、チリソースでもない。マーマレードでもないし、ニンジンでもない。このオレンジ色は何なのだ?
限界が来たハビーがサーバーのおねえさんを捕まえた。「ああ、それはパプリカね」とのお答え。「パプリカかあああ!」と、さも近いところまでGuessしてたかのような大袈裟な反応の二人。まだまだ修行が足りないようで。
それでもへこたれないハビーの 次のAttemptは、「Between The Button」を自宅で再現すること。つまり、同じ一品を レシピの情報収集だけで、自分たちで作れるか、という挑戦だ。これは伊丹十三の映画、「たんぽぽ」と同じ試みだ、というハビー。登場人物がいろんなラーメン屋に行っては、その秘伝のスープの味を分析し、それを元に、だめな自分のラーメン屋を立て直す。
同じ試みなのは 人の店に行っては、秘伝であろうとなかろうと、ああでもない、こうでもないと、と言ってそのレシピの正体を暴こうとするところ。あえて言うならば、こうやって食べ物の会話をしていることが夫婦間の向上であるということだろうか。食べている時はもちろんだが、食べ物の話をしている時が一番機嫌のいい二人なのだから。
さて、今までは人に作ってもらった食事で、いつもニコニコだったハビーと私。今回の「Between The Button」自宅再現計画で、実技とチームワークの良さが問われる事になる。自分達で 美味しい物、美味しいはずの物、美味しくなくてはいけない物を作っている時も、ニコニコでいられる二人なのであろうか。
Kiki
kiki.art.pdx@gmail.com
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Posted on 夕焼け新聞 2011年1月号
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