Sunday, March 6, 2016

おいしい話 No. 103「裸で知る文化」

結婚して10年目にして、初めてハビーが嫁の国 日本に降りたった。
「日本には何回も行った事がある」と言い張るヤツだが、全て成田空港止まり。成田空港から外に足を踏み出した事はなかった。
姉夫妻に迎えに来てもらい、空港のゲートを出る際に、「Finally!」と歓声をあげた。これで正式に「日本に行った事がある」と人に言える。

結婚10年といえども、やはりこれは国際結婚。生まれ育った文化や価値観の違いはどうこう言っても日々の中で出て来る。私はアメリカ側に来ている方で、それなりにアメリカの文化、人々の考え方、習慣なんか学んで来たし、それに順応するようにしてきた。でも それを夫婦の片方しかしないって、全く不公平でしょ、と常日頃思っていた。「なかなか金銭的に余裕がなくて」という理由も10年経つと そろそろいい加減にしようぜ、となってくる。嫁がどこから来ているのか、どういう環境の中で育ってきたのか、なぜ風呂では スポンジでなく手ぬぐいを使っているのか。ダンナとして、知る必要がある。

という事で、彼の日本着地後第一の使命は 温泉。銭湯。健康ランド。これは彼への使命というよりも、私がお風呂に行きたいから、奴にも頑張ってチャレンジしてもらいましょう、という意である。
アメリカの浅い風呂桶にお湯を張ってお風呂に入るのは容易でない。肩まで浸かろうとすると、棺桶に入っているような体制になり、そのうち頭や曲がった首が痛くなって リラックスになっているのかわからなくなる。そうこうしているうちに、お湯が冷たくなってくるのだ。
このフラストレーションをハビーにぶつける。将来家を買ったら、まず最初に風呂場のリモデルするからね。風呂桶は大きくて深いのに。洗い場は風呂桶の外、中じゃないよ。トイレは別。そして風呂場自体のスペースをゆったりと大きく取る。ハビーにはイメージできないらしい。もう、まったくぅー、とペンと紙をとり、風呂場の絵を描いて見せる。それでも 今ひとつピンと来ていない。それでは、実体験してもらいましょう。

まずは 日本に着いたその夜に、姉の家のお風呂で 公衆に出る前のカンタンなトレーニング。脱衣所で服を脱ぎ、洗いタオルを持って風呂場に入り、洗い場のこの椅子に座り、まずは体を洗う。きれいに流した後に湯船に浸かる。桶で洗いタオルを濯いでしっかり絞り、頭に乗せる(オプション)。上がる時は、絞った洗いタオルで軽く体の水気をふき取り、脱衣所に戻ってそこでバスタオルを使用。
よし、いける!  あとはお義兄さんにまかせたっ。
翌日、健康ランドに向けて出発。女湯、男湯の入り口の前で、じゃあ、後で、と別れる。「あ、30分後?」とお義兄さんが確認を入れる。「えええー、30分なわけないじゃん。1時間よ。」「え、、?」「うちのダンナ よろしくねー。」
私と姉は露天で半身浴しながら ぺちゃぺちゃと取り留めもなく喋り続け、気が付いたら本当に1時間経っていた。英語が全くダメなお義兄さんと、日本語が全くダメなハビーは 今どういう風に時間を過ごし、私達を待っているのだろうと思うと気の毒になってきて、私達も切り上げる事にした。
やっぱり先に出ていた男どもは 食堂の座敷にお茶を飲みながら座っていた。お互いがスマホを見せ合って、クスクスと笑い合っている。翻訳のアプリを使って会話をしていたのだ。文明の開化。裸の付き合いとテクノロジー。これで 正に人類は兄弟になり得る。
そう安心した私は、旅の行く先々でハビーをお風呂に連れ回した。
地元では 男友達数人と一緒に健康ランドへ、実家では兄と甥っ子達と健康ランドへ、各地の友達の家に泊めさせてもらった時は、日本式お風呂に、そして 漏れなく温泉場へも。温泉では夕食前に入って、次の日の朝食前にも入るんだよ、と私の温泉の入り方を一般常識のように教える。

私の友人や家族といきなり 素っ裸でご対面の挨拶をしたハビー。背中の流し合いまではしていないにしても、何か触れるものがあったに違いない。そして少しでも アタシのルーツを感じてくれていたら、嬉しい。

極め付けは京都の銭湯。もうベタの、昔からある「近所の銭湯」。番台には オッチャンが座っている。来ている客は殆ど年寄り軍団で、シャンプーやコンディショナーが入った常連のマイ洗面桶が棚にずらりと保管されている。
ハビーに 手拭いを渡し、グッドラックと言って、別れる。「神田川」ポイね。どっちが早く出て来るのかしらん。

もうここまで来ると、ハビーもお風呂ツウとなっている。「風呂はいいねー」なんて、お風呂上りのビールを美味そうにグビグビと飲む。「よし、僕達の家は 日本式お風呂にしよう!」「イエスッ!」

やっと わかってもらえたようだわ。



Posted on 夕焼け新聞 2015年12月号

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